システム思考とは
システム思考は、複雑な現象や問題を、関連する要素や相互作用を理解することで全体を把握し、システム全体の振る舞いや問題の原因を分析し、改善策を導き出す方法論となる。システム思考は、物事を単一の要素や部分ではなく、複数の要素や部分が相互作用して機能している「システム」としてとらえ、その全体像を把握することで、現象や問題をより深く理解することができる。
「システムとして考える」ことの重要性を示す例として、かつて奄美大島では羽生に噛まれる人がいて「問題」となり、それを解決する為、マングースを島に連れてきて放したが、マングースはハブと命懸けで戦う代わりに他の弱い動物を餌にしたおかげで、ハブは減らず、天然記念物のアマミノクロウサギなどが絶滅の危機に瀕することになったという事例が挙げられる。
この実話は、自然や社会のシステムはさまざまなものが複雑に繋がっている為、その一部だけを取り出した考えると、期待した効果が生まれないばかりか、新たな問題を生み出すこともある、というものになる。このような事態にならないように、関係するものをなるべく集めて「システム」として考え、分析するのが「システム思考」となる。
さらに、さまざまなシステムを分析することで、システム自体の特徴や性格、注意すべき点などを理解し、氷山の一角でしかない「出来事」レベルではなく、システムの「構造」やその奥底にある「メンタルモデル」や「メタモデル」に働きかけることで、さまざまな課題をより効果的に解いていくこともできるようになる。
目の前にある「出来事」にとらわれて一喜一憂、右往左往し、後手に回って対応するのではなく、その出来事がどのような大きな趨勢の一角なのか、その趨勢を作り出しているのはどのような構造なのかを考え、見抜くことは、本ブログのテーマである機械学習や人工知能技術を考える上でも重要なアプローチとなる。
ものごとをシステム的にみるためには、前述のように目の前にある出来事だけをみるのではなく、その出来事や状況の裏側にある様々な関連情報をつなぐことで、そのシステムをどのように捉えればよいのか、どのような特徴があるのか、どのようなことに気をつけるべきなのか等の気づきを得ることができる。
システム思考には、具体的には以下のような特徴がある。
- 複雑な現象や問題をシステムとして捉えること
- システム内の要素や相互作用を理解すること
- システム全体の振る舞いを理解すること
- 問題の原因をシステム内の要素や相互作用に求めること
- システム全体に対する改善策を考えること
システム思考には、様々な種類のシステムの多様な研究の技法が含まれる。自然界では、システム思考の対象の例として、例えば、大気、水、植物、動物など相互に作用を及ぼす多様な要素を含む生態系(エコシステム)があげられる。組織について言えば、システムは、組織を健康や不健康にするように機能する、人、構造、プロセスから構成される。システム工学は、複雑な工学システムを設計、構築、運行、維持するためにシステム思考を使う分野である。またコンピュータモデルを使ってシミュレーションを使った解析を行うシステムダイナミクスという学問もある。
システム思考とSDGsとの関係
「世界はシステムで動く」はシステム・モデリングの研究者であったドネラ・メドゥズによって書かれた書物で、1993年に草稿を完成、原稿はそのときは出版されず、数年にわたって仲間内で回覧されていたが、ドネラは、本書の完成を見ることなく、2001年に突然にこの世を去り、その後出版されたものとなる。
それを遡ること1972年、ドネラは「成長の限界」という書物の出版にも関わっている。この図書はSDGsの始まりとなった図書で、システムダイナミクスの手法を使用してとりまとめた研究をまとめた出版物で、1972年に発表されたものとなる。
内容は「人口増加や環境汚染などの現在の傾向が続けば、100年以内に地球上の成長は限界に達する」と警鐘を鳴らしているもので、図書の中の著名な文として「人は幾何学級数的に増加するが、食料は算術級数的にしか増加しない。」というものがある。これは時系列で考えると「人は子供が生まれてその子供がまた子供を生むので「掛け算」で増えていくのに対し、食料はある土地では年に1回それも同じ量しか生産出来ない、つまり「足し算」になるという概念に基づくもので、単位面積あたりの農作物の量の限界から農作物の量が人口増加に追いつかず、人類は常に貧困に悩まされるというものとなる。
つまり「成長の限界」は、「持続可能でないパターンをそのままにしておいたら、どのように地球を破壊しうるか」という警告を発した図書であり、そのような悲惨な結果を避けるためには「世界とそれを構成しているシステムに対する見方を変えていかなければならない」という考え方を示したものが「世界はシステムで動く」となる。それらを踏まえて今日では「システム思考は、我々が世界中で直面している多くの環境、政治、社会、計座の問題に立ち向かう上での必須ツールである」ことが広く受け入れられている。
システム思考はSDGsに代表される社会的な問題もさることながら、日常に対面する様々な問題を解決する手段にもなる。これは例えば新しい技術の開発を促進したり阻害したりするビジネスのルールやインセンティブを、システム思考の手法で調べていると「ずり落ちる目標」を見つけたり、様々な意思決定の場での課題を調べていると「システムの抵抗」が見えてくるといったものとなる。
このようなあるべき目標からずれてしまうシステムの挙動を調べ、変化を起こすためにはシステムの構造を分析し、変化のための「レバレッジポイント」を探すことが重要となる。システムについて考える時、そのシステムが表す対象が大きくなればなるほど、対象はごちゃごちゃで、混み合い、つながり合い、互いに依存し分かりづらくなる。それらを解析するための視点は一つではなく、多くあった方がより理解しやすくなる。
システム思考を行うことで、システム全体に対する直観を取り戻すことができ、以下のものができるようになる。
- 部分を理解する力を鍛える。
- 相互の繋がりを見る
- 将来的に可能性のある挙動について「もし〜ならどうなるか?」という問いを発する。
- 創造的にシステムを再設計する。
- 自分たち自身や世界に違いを生み出すために、自分等が得た洞察を用いることができる。
ここである逸話(スーフィー教の古い話)が例として挙げられている。
「目の見えない人ばかりが住んでいる街があり、ある日その街に象が来た時に、街の住人(象の姿も形も知らない)が、見えないまま手探りをして、象のどこかを触って情報を集めた。そこでだれもが「自分にはわかったことがあるぞ」と思った。「なぜなら、ある部分を感じることができるからだ」と。象の耳に手が届いた男は「でっかくて、ざらざらしたものだ。幅が広くて、広がっていて、絨毯みたいだ」と言った。象の鼻に触った男は「これがどういうものか、わかった。まっすぐで中空のパイプみたいなものだ。凄まじくて、破壊的だ」と言った。どの男も、多くの部分の中の一つに触ったが、どの男も、象の捉え方は間違っていた」
この話は「システムの挙動は、そのシステムを構成している要素を知るだけではわからない」という単純だけれど見過ごしがちな教訓を教えている。
システムとは
上記でイメージできるように、システムとは、何かを達成するように一貫性を持って組織されている、相互に繋がったている一連の構成要素となる。この定義から、システムとは「要素」と「相互の繋がり」と「機能」または「目的」という3種類のものから構成されていることがわかる。
システムは、人の体やサッカーチーム、学校や企業や都市等の個別の要素が互いに繋がり、機能や目的を持っているものをいう。逆に「システムでないもの」とは相互につながりや機能を持たない、何かの寄せ集めであるということも言える。路上に撒き散らされた砂は、足しても取り除いても相変わらず路上の砂のままで「システムではない」。
システムについて考える時、一番気付きやすいのは、システムの要素となる。それは要素の多くは、目に見え、触れることができるからである。木を構成している要素には「根」「幹」「枝」「葉」があり、もっとよく見れば、専門化した「細胞」、樹液を運びあげる「管」、「葉緑素」がある。また大学と呼ばれているシステムを構成しているのは「建物」「学生」「教授」「管理者」「図書館」「本」「コンピューター」などと続けることができ、こうしたものの全てはさらに「何からできているか」を言うことができる。
またシステムにとって非常に大事かもしれないものに、「形のない要素」もある。これは「学校への誇り」「学業面での才能」等で、これらのシステムの要素を列挙し始め、あるシステムの下位の要素に分け、さらに下位の要素に分解していくと、その作業にはほぼ終わりはなく、そうしているうちに、じきにシステムを見失っていくこととなる。これはことわざで言われている「木を見て森を見ず」というものとなる。
システム思考では、その方向に行き過ぎてしまう前に、要素の分解をやめて、「つながり」つまり要素をつなげている関係性を探し求めるアプローチをとる。例えば、木というシステムの「つながり」とは、その木の代謝プロセスに影響を与える物理的な流れや化学的な反応となる。そうしたシグナルがあるから、ある部分が他の部分に起きていることに反応することができる。
木のシステムを具体的に言うと、太陽の照っている日には、葉は水分を失い、水を運ぶ管の水圧が低下し、それによって、根はより多くの水を摂取する。敗退に、根が土壌の乾燥を経験すると、水圧の低下がシグナルとなって、葉は気孔を閉じ、貴重な水分をそれ以上牛なれないようにする。
システムのつながりには、上記のような物理的な流れもあるが、多くの場合は情報の流れ(システム内で意思決定や行動が行われる場所に到達するシグナル)となる。こうした種類のつながりは見えにくいことが多いが、システムを分析していると見えてくる。
これは例としては、大学というシステムを考えた時に、「入学選考の基準」「学位取得の必要要件」「試験と成績評価」「予算とお金の流れ」「噂話」等のつながりと、システム全体の目的である「知識の伝搬」などが考えられる。このシステムの機能や目的は、明示的に語られたり、書かれたり、表明されていたりしない場合もあるが、そのような場合でも、そのシステムがどのように挙動するかを観察することにより推測することができる。
一匹のカエルが右を向いてハエを捕まえ、子今度は左を向いてハエを捕まえたとしたら、そのカエルの目的は、右や左を向くことではなくハエを捕まえることに関連するものであり、政府が「環境保護に関心がある」と口では言いながら、その目的に向けての資金や努力をほとんど投じないとしたら、実際のところは、環境保護は政府の目的ではない。
システムの目的とは、人間の目的であるとは限らず、必ずしもそのシステム内のある主体が意図したものでもない。実際にシステムの不具合な側面として、下位の構成単位の目的が合わさることで、全体としては誰も望んでいない挙動をもたらすというものがある。だれも薬物中毒や犯罪の万円する社会をつくりたいとは思ってもいないにも関わらず、関与する当事者の目的と結果としての行動が組み合わさってそのような方向に進んでしまうこともある。
またシステムの中にシステムが入れ子のように入っている場合もあり、その結果目的の中に目的が入る場合もある。
システムの挙動を理解するためのアプローチ
システムを様々な視点から観察するためにいかに示すようないくかのツールが提案されている。
- 時系列変化パターングラフ(Behavior Over Time;BOT)
システムの主要な要素(目標とするアウトプット、インプット、活動量、資本・資源、影響など)の過去から現在、未来までのパターンを折れ線グラフで描く。中でも関心の高い要素に関しては、未来に向かって「望ましいパターン」「このままのパターン」など複数のパターンを描く。定量的な分析を行う際には、ループ図などのシステム図と相互に行き来しながら、量的なレベルについての検討に活用する。
- ループ図(Causal Loop Diagram;CLD)
「今までのパターン」「このままのパターン」がなぜ起こるかについて、システムの主要な要素及びそれらに影響を与える要素、影響を受ける要素を列挙し、要素間の因果関係を矢印で結びながら、要素間の相互作用(フィードバックループ)を見出すためのツールとなる。今起きているパターンを説明し、関係者が納得できるループ図を描いたら、対話によって理解を深め、効果的な働きかけを探るためにも用いる。
- システム原型(Systems Archetype)
システム原型は、分野を超えて共通してよく見られる問題構造の典型的な「型」を示すものとなる。複雑なループ図を描く最初の段階で、起こっているパターンやストーリーからどのようなフィードバックループが絡んでいるのかの見立てを行う際に使う。また、『学習する組織』では、ループ図を用いずとも、この見立てツールを使って、関係者間の内省や対話を促す目的で活用している。
- ストック&フロー(Stocks & Flows)
システムの中で蓄積する要素(ストック)と、その蓄積を決定する要素(フロー)の構造は、フィードバックループと並んでシステムのダイナミクスを理解する上で重要な役割を果たす。さまざまな要素間で、このストックやフローを共有したり、その連鎖の一部となっていることで、互いに影響を与え合うことがしばしばある。中級レベルでは、ストックとフローを理解し、他の要素とかき分けたり、ストックとフローの適切な境界を再設定することで効果的な働きかけを見出す。成長の限界をつくる供給源や吸収源もまた、ストックの一種となる。
- システム・ダイナミクス・モデリング(System Dynamics Modeling)
システム思考にはさまざまな流派がある中で、システム・ダイナミクス学派のシステム思考は政策分析や企業戦略、組織開発などにおいてもっとも活用されている。前述のストック&フローやフィードバックループなどが絡み合い、それぞれの関係性を定量的に把握したシステム・ダイナミクス・モデルを構築することで、今まで起きた変化の機序を定量的に把握すると共に、さまざまな政策・施策がどのような結果やインパクトにつながるかについて中長期の時間軸でシミュレーションを行うツールとなる。
- レバレッジポイント(Leverage Points)
日本語に訳すと、「てこの力点」を意味し、小さな力で大きな成果を生み出せる介入点のことを指す。問題構造のツボと言ってもよい。実際には。政策や戦略の議論において私たちは、しばしばレバレッジのないポイントで議論を重ねたり、資源を投入していることがありがちとなる。しかし、複雑なシステムのレバレッジ・ポイントがどこにあるかはシステムの機序について相当の理解を重ねないとぱっと見ただけではわからない。魔法の杖にはならないが、経験あるシステム思考家は、順序立てたレバレッジのありうるポイントでそれぞれ見立てをし、可能性の強い分野で関係者たちと対話を重ねたり、現場で観察・実験を繰り返すことでレバレッジ・ポイントを見出していく。
また、”KPI,KGI,OKRについて(1)“等で述べている。課題の階層的な分析、”Clojureを用いたペトリネットによるシステム・モデリング”で述べているペトリネットもシステムの動的なモデリングシミュレーションとして利用することができる。
コメント
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