ペトリネットの概要
ペトリネットとは、ペトリが1962年に提案した離散事象システムの記述モデルで、事象駆動型のシステムにおいて,非同期・並行な事象と,それを導く状態との関係を表現するものとなる。ペトリネットは,状態と遷移のグラフィカルモデルであり、四つの構造要素,すなわちプレースP,トランジションT,入力関係I,出力関係Oの組み(PTIO)と,マーキングMから構成される非常に柔軟で一般的なモデリング言語となる。
ペトリネットの動作例は下図のように表される。これは,プレースp1とp2からトランジションt1に入力があり,また出力がp3に与えられるとき,マーキングを表すトークン(黒丸)がp1,p2にあるとt1が発火し,トークンが一つとなってp3に移動するというものとなる。
ペトリネットは、多数の分野で使用され、特に並列処理、分散処理、オートマトン理論、ソフトウェア工学、ビジネスプロセスモデリングなどの分野で広く使用されるモデルとなる。
ペトリネットには、いくつかの種類があり、最も一般的なのは「単純ペトリネット」と呼ばれるものとなる。単純ペトリネットには、以下の要素がある。
- 場所(プレース):状態を表す円形のノード
- トランジション(遷移):状態の変化を表す四角形のノード
- 引き込み線(入力線):トランジションが発火するために必要な場所を表す線
- 出力線:トランジションが発火した結果、次の状態に遷移するために使用される場所を表す線
単純ペトリネットは、並列処理のモデリングに特に有用で、例えば、複数のプロセスが同時に実行される場合、それぞれのプロセスは独立して実行され、別のプロセスが終了するのを待つ必要はない、というような状況を単純ペトリネットでモデル化することができる。
また、ペトリネットはビジネスプロセスモデリングのための有用なツールでもある。プロセスの各ステップをノードとして表し、ステップ間の依存関係をエッジで表すことができる。これにより、プロセスの効率を向上させるための改善点を特定することもできる。
単純ペトリネットには制約があり、一般的には比較的単純な問題しかモデリングできない。そのため、様々な種類の拡張ペトリネットが開発されている。以下にいくつかの拡張ペトリネットについて述べる。
- 帯状ペトリネット (Colored Petri Nets):帯状ペトリネットでは、各トークンに「色」という属性を追加することができる。これにより、状態やトランジションの状態によってトークンがどのように動作するかを指定できる。例えば、状態Aにあるトークンが色1であり、状態Bにあるトークンが色2である場合、これらは別々に扱われる。
- タイミングペトリネット (Timed Petri Nets):タイミングペトリネットでは、トランジションに実行に必要な時間を割り当てることができる。また、トークンが状態に入った時間やトランジションが実行された時間を記録することもできる。これにより、時間に関連する問題をモデリングできる。
- 階層ペトリネット (Hierarchical Petri Nets):階層ペトリネットでは、複数の単純ペトリネットを階層的に組み合わせることができる。これにより、複雑な問題を分割して扱うことができる。
- リアルタイムペトリネット (Real-Time Petri Nets):リアルタイムペトリネットでは、トークンが移動する速度を指定することができる。また、トランジションが実行される条件に、現在の時間やトークンの位置などの要素を含めることができる。
- 確率的ペトリネット (Stochastic Petri Nets):確率的ペトリネットでは、各トランジションが発生する確率を指定することができる。また、トランジションの実行に必要な時間も確率変数として扱うことができる。これにより、システムの動作に確率的要素が含まれる場合に適用できる。
ペトリネットの適用事例
ペトリネットは、システムのモデリングや分析に広く利用されている。以下にいくつかの具体的な適用事例を示す。
- 製造工程のモデリング: ペトリネットは、製造工程のモデリングに適している。ペトリネットを使うことで、製造ラインの様々な要素、例えばマシン、作業者、コンベヤー、品質検査などをノードとして表現し、トークンを用いて動作をシミュレーションすることができる。これにより、製造プロセスの効率性を最適化するための改良点を洗い出せる。
- ソフトウェアの設計: ペトリネットは、ソフトウェアの設計にも適している。ペリネットを使うと、プログラムの制御フローを表現するのに役立つ。例えば、ユーザーがアプリケーション内でのさまざまなアクションを実行するときの制御フローをモデル化することなどができる。
- ネットワークの分析: ペトリネットは、ネットワークのトラフィック分析やプロトコルの設計にも使用される。ペトリネットをネットワークの分析に使う際には、例えばノードを通信プロトコルとし、トークンを用いてデータパケットを表す。これらを使うことで、通信フローを可視化し、ネットワークのボトルネックを特定することができる。
- ビジネスプロセスのモデリング: ペトリネットは、ビジネスプロセスのモデリングにも使用される。ペトリネットを使うことで、ノードはビジネスプロセスのステップを表し、トークンはビジネスプロセスの状態を表す。これらを使うことにより、ビジネスプロセスの自動化や最適化を検討することができる。
- 医療分野: ペトリネットは、医療分野において、患者の状態や治療プロセスのモデリングに適用することができる。例えば、患者の入院から退院までの過程や、治療計画の実行などをモデル化して、医療の効率化や品質改善を支援する。
- 鉄道システム: ペトリネットを用いることで、鉄道システムでの、鉄道輸送のモデリングを行うことができる。例えば、列車の発着時刻やルートの選択、信号機の制御などをモデル化して、鉄道輸送の効率化や安全性の向上を支援する。
ペトリネットと人工知能技術
ペトリネットは、その構造の柔軟性から人工知能技術の応用に適している。以下に、ペトリネットへの人工知能技術の適用例をいくつかについて述べる。
- ペトリネットに基づく制御システムの自己診断: ペトリネットは、複雑な制御システムのモデリングに使用されることがある。人工知能技術を使用すると、このようなシステムの自己診断が可能になる。例えば、”異常検知と変化検知技術について“に述べている様々な異常検知アルゴリズムを利用することで、システム内の異常を自動的に検出するようなことができる。
これは以下のようなステップで行うことができる。
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- ペトリネットの構築: まず、正常なプロセスのペトリネットを構築する。このペトリネットは、正常な動作を行った場合に取るべき遷移を示す。
- データの収集と前処理: 次に、プロセスから収集されたデータを前処理する。このプロセスには、データのクリーニング、スケーリング、特徴量の選択などが含まれる。
- 異常検知のモデルの学習: ペトリネットを使用して、正常なプロセスの動作を学習した後、機械学習モデルをトレーニングする。このモデルは、ペトリネットで定義された正常な動作と比較して、異常な動作を検出するために使用される。
- 異常の原因の特定: 機械学習モデルが異常を検出した場合、その原因を特定するためにペトリネットを使用することができる。ペトリネットの特定の部分が異常を引き起こしている場合、それが異常の原因である可能性が高くなる。
- 問題の解決: 異常の原因が特定されたら、その問題を修正するために対処することができる。ペトリネットを使用して、問題を修正した後、再度モデルをトレーニングして、異常を検出するための精度を向上させることができる。
- ペトリネットに基づくビジネスプロセスの最適化 : ビジネスプロセスは、ペトリネットを使用してモデル化できる。これに”ワークフロー&サービス技術“で述べられているような人工知能技術を使用することで、プロセスのボトルネックを特定し、改善策を提案することができる。
以下にペトリネットを用いたビジネスプロセスのボトルネックを抽出するための代表的なアルゴリズムについて述べる。
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- Heuristics Miner: Heuristics Minerは、P.A. Van der Aalstらによって提唱されたアルゴリズムで、教師なし学習を用いてビジネスプロセスのボトルネックを特定することができるものとなる。このアルゴリズムは、ペトリネットの解析によって、実際に発生したトランザクションからペトリネットを自動的に生成し、そのネットワークを解析することによって、プロセスのボトルネックを特定するものとなる。
- Alpha Miner: Alpha Minerは、ビジネスプロセスのトランザクションデータから、教師なし学習を用いてペトリネットを構築するアルゴリズムとなる。このアルゴリズムは、トランザクションデータからペトリネットを自動的に生成し、そのネットワークを解析することによって、プロセスのボトルネックを特定するものとなる。
- Conformance Checking: Conformance Checkingは、実際のプロセスと設計上のプロセスの違いを検出するために使用されるアルゴリズムで、教師あり学習を用いて、ペトリネットのモデルを学習することができるものとなる。このアルゴリズムは、実際のトランザクションデータを元に、ペトリネットモデルと比較し、その違いを分析することによって、プロセスのボトルネックを特定するものとなる。
- ペトリネットに基づくロボット制御: ペトリネットを使用してモデル化するアプローチも検討されている。これは例えば、”様々な強化学習技術の理論とアルゴリズムとpythonによる実装“で述べられているような強化学習アルゴリズムを使用して、ロボットが環境に自律的に適応することがが可能になるもので、例えばモデルベースQ学習アルゴリズムを用いて、以下のようなステップで行われる。
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- ペトリネットの作成: まず、ロボットが制御すべきタスクに対応するペトリネットを作成する。ペトリネットは、状態と遷移のネットワークで構成され、各状態にはアクションが割り当てられる。
- 環境の定義: 次に、ロボットが動作する環境を定義する。例えば、ロボットが物体を掴む作業を行う場合、掴む対象の位置や姿勢、周囲の障害物の位置などを定義する。
- 状態の把握: ロボットは、カメラやセンサーなどを使用して現在の状態を把握する。例えば、物体を掴む作業を行う場合、ロボットは掴む対象の位置や姿勢を把握する。
- アクションの選択: ロボットは、現在の状態に応じて、実行すべきアクションを選択する。例えば、物体を掴む作業を行う場合、掴むアームの位置や姿勢を選択する。
- 報酬の計算 ロボットが選択したアクションに応じて、報酬を計算する。例えば、物体を掴む作業を行う場合、物体を正確に掴むことができた場合には高い報酬を与える。
- パラメータの更新 ロボットは、報酬に基づいて、自身のパラメータを更新する。パラメータは、ロボットの行動を制御するための重みやバイアスなどの値となる。
- 繰り返し: 上記のステップを繰り返し、ロボットはより効率的なアクションを学習する。最終的に、ロボットはペトリネットに基づいて、最適なアクションを選択することができる。
- ペトリネットに基づくソフトウェアテスト: ソフトウェアのテストは、ペトリネットを使用してモデル化できる。人工知能技術を使用することで、テストの自動化が可能になる。例えば、ソフトウェアシステムのペトリネットによるモデル化を、ソフトウェアの機能や制御フローなどを把握し、モデル化することで行い、適切な初期状態を定義した後で、以下に示す”メタヒューリスティクスの概要と参考図書“で述べたようなヒューリスティクスアルゴリズムあるいは、”確率的生成モデルについて“で述べたような確率的生成モデルを用いることで、テストデータを自動的に生成し、システムの自己診断や最適化、自律的な制御などを行えるようにするものとなる。
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- ランダムウォークアルゴリズム: “ランダムウォークの概要とアルゴリズム及び実装例“でも述べているランダムウォークアルゴリズムは、ペトリネット上でランダムにイベントを選択し、そのイベントに接続されたトランジションに移動するアルゴリズムとなる。このアルゴリズムでは、ペトリネット上の全ての状態を等しく探索することができるが、効率的なテストケース生成には向いていない。
- モンテカルロ木探索アルゴリズム: “モンテカルロ木探索の概要とアルゴリズム及び実装例について“でも述べているモンテカルロ木探索アルゴリズムは、ペトリネット上のイベントを選択するたびに、ランダムにテストケースを生成し、そのテストケースが成功する確率を評価する。これを繰り返して、最も効果的なテストケースを探索する。
- 遺伝的アルゴリズム: 遺伝的アルゴリズムは、遺伝的操作を用いて、テストケースの組み合わせを生成するアルゴリズムとなる。初期のテストケースの集合をランダムに生成し、その集合から最も効果的なテストケースを選択して、次の集合を生成する。これを繰り返して、最も効果的なテストケースの集合を探索する。
- 統計的モデルチェックアルゴリズム: 統計的モデルチェックアルゴリズムは、ペトリネット上で発生するイベントの組み合わせを統計的にモデル化し、効果的なテストケースを生成するアルゴリズムとなる。このアルゴリズムでは、ペトリネット上で発生するイベントの頻度や確率を計算し、その情報を元に、最も効果的なテストケースを生成する。
ペトリネットの具体的な実装例
ペトリネットシステムは、プログラマブルロジックコントローラ (PLC) の制御システムに組み込まれていたり、UML (Unified Modeling Language) の一部である活動図 (Activity Diagram) にペトリネットを組み込んだソフトウェアシステムの設計・分析システムに組み込まれていたり、生産管理システムやロボット制御システムに組み込まれているものもある。
ここでは、Python、Java、Clojureでの実装例について述べる。
Pythonでの実装
Pythonには、ペトリネットを実装するためのライブラリとしては、petri-net、Simpy等がある。
Javaによる実装
Javaでペトリネットを実装するためには、PNlib、PIPE2(Platform Independent Petri net Editor 2)、PetriNetSimなどのライブラリを使用することができる。
Clojureによる実装
前述したように複雑なペトリネットを実装するためには、ネィティブなコードを実装することが必要となる。ここではClojureのライブラリであるcore.asyncを使用することでそれらを実現した例を示す。
(require '[clojure.core.async :as async])
(defn make-place [name initial-tokens]
{:name name :tokens (async/chan (async/buffer initial-tokens))})
(defn make-transition [name input-places output-places]
(let [input-channels (map :tokens input-places)
output-channels (map :tokens output-places)]
(fn []
(async/go
(let [_ (async/<! (async/merge input-channels)) _ (async/>! (async/merge output-channels) :token)]
(recur))))))
(defn make-petri-net [places transitions]
(doseq [t transitions]
(doseq [p (concat (:inputs t) (:outputs t))]
(alter-meta! p assoc :petri-net true)))
{:places places :transitions transitions})
(defn fire-transition [t]
(t))
;; 使用例
(let [p1 (make-place :p1 1)
p2 (make-place :p2 0)
t1 (make-transition :t1 [p1] [p2])]
(fire-transition t1))
上記のコードでは、make-place
関数でプレースを、make-transition
関数でトランジションを作成している。make-petri-net
関数では、プレースとトランジションのリストからペトリネットを作成し、fire-transition
関数では、与えられたトランジションを発火するだけとなる。
“Visually designing distributed systems in Clojure“ではClojureを用いてペトリネットを構築し分散ソフトウェアシステムの評価を行ったことが述べられている。ここではClojureのペトリネットライブラリであるTokengameが用いられており、そこではカールスルーエ大学で開発されたペトリネットをシミュレートするツールであるWoPeDについて紹介されており、サンプルコードも公開されている。
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[…] ペトリネット技術の概要と人工知能技術との組み合わせ、各種実装について […]
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