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イントロダクション
「三体」(さんたい)第一巻、第二巻上、第二巻下、第三巻上、第三巻下を読んでいる。
三体は、中国のSF作家劉慈欣による長編SF小説であり、2006年5月から12月まで、中国のSF雑誌『科幻世界』で連載され、2008年1月に重慶出版社によって単行本が出版された「地球往事」三部作となる。
この小説は、単行本5冊分、総ページ数1963ページという超大作となる。長編SFとしては、ダンシモンズのハイペリオンシリーズ、ハイペリオン上、ハイペリオン下、ハイペリオンの没落上、ハイペリオンの没落下、エンデュミオン上、エンデュミオン下、エンデュミオンの覚醒上、エンデュミオンの覚醒下が有名で、こちらは単行本8冊、総ページ3000ページ近くあるものとなっており、
映画Matirxのベースとなっている人間コンピューターや仮想世界などのアイデアを元に精神的世界が描かれているのに対して、「三体」では既知の天文学・物理学・化学・数学・工学技術などの正確で論理的で厳密な描写と、これらの科学知識に裏付けられた理論上可能なアイデアが中心となった「ハードSF」が繰り広げられている。ハードSFの作家としてはアーサー・C・クラーク、2001年宇宙の旅、”ファウンデーション“で述べているアイザック・アシモフ、鋼鉄都市、グレッグ・イーガン、幸せの理由、ジェイムズ・P・ホーガン、創世記機械どがいる。
三体は、2015年、アジア人作家の作品では初めてヒューゴー賞の長編小説部門を受賞している。同じ2015年には、Facebook社CEOマーク・ザッカーバーグが、2週間ごとにお勧めの本を一冊紹介する企画「A Year of Books」で「三体」をその一冊に選んだ。ザッカーバーグは「最近読んだ重厚な経済学や社会科学の本からの楽しい休憩になる」と推薦している。
また、2017年1月16日、当時のアメリカ大統領バラク・オバマは、米紙ニューヨーク・タイムズのインタビューで、「三体」シリーズの愛読者であると自ら明かし、彼は「とても想像力豊かで本当に面白かった。広大な宇宙の運命について読んでると、日々直面している議会の問題はかなり些細なもので心配するようなことではないと思えた」と語っている。
更に、アメリカの映画監督であるジェームズ・キャメロンは劉慈欣との会見で三体三部作の愛読者であることを自ら明かした。日本のゲームデザイナーである小島秀夫も「三体」シリーズの愛読者であり、日本語版に「普遍性と、娯楽性、そして文学性の、まさに『三体』の重力バランスの絶妙なるラグランジュ点でこそ生まれた、奇跡の『超トンデモSFだ』」と推薦文を寄せている。
この三体の中でもメインのテーマが三体問題となる。今回は、この三体問題について述べみたいと思う。
三体問題について
三体問題は、力学の古典的な問題であり、天体力学においても重要な課題となっている。三体問題とは、重力の作用下で三つの質点(または天体)の相互作用と運動を指す。
具体的には、三体問題では、三つの質点(または天体)が重力によって相互作用し、これらの質点は、星体、惑星、衛星などの天体であるか、質量を持つ他の物体であることができる。三体問題の鍵は、質点の重力場中での運動軌道を求めることだが、重力相互作用の複雑さのため、三体問題には厳密な解が存在しないとされており、一般的な場合の三体問題でも、数値解析には複雑な計算方法と多くの計算リソースが必要なものとなっている。
三体問題での、最も単純なケースは質点間の質量が等しく、初期条件が対称性を満たす場合で、これは等質量三体問題と呼ばれている。等質量三体問題ですら、質点の運動軌道は安定することもあるし、カオス的なものになることもある。これを更に一般的なケースに拡張すると、質点の運動軌道はさらに複雑で、周期的で安定した軌道やカオス的な軌道が現れるものとなる。
三体問題の研究は、天体の運動や天体力学の基本的な法則を理解するために重要であり、天体力学、宇宙工学、宇宙船の軌道設計などの領域で広く応用されている。また、三体問題は多くの科学者や数学者の興味を引き、重要な数学的および物理学的成果を生み出してもいる。
3体問題はなぜ解けないか
前述のように、3体問題は、3つの質量を持つ天体(例えば、太陽と地球と月)の相互作用を正確に予測する問題となる。この問題は、ニュートンの運動方程式に基づいて解くことができるが、解析的な解は存在しない。以下に、3体問題が解けない理由について述べる。
- 非線形性: 3体問題は非線形の問題となる。つまり、天体の相互作用は重力の法則に従っており、天体の位置と速度の変化は相互に絡み合っている。この非線形性は、解析的な解を求めることを非常に難しくする。
- 予測不可能性: 3体問題はカオス的な振る舞いを示すことがある。初期条件のわずかな変化でも結果が大きく異なることがあり、微小な変化が長期的な結果に与える影響は予測不可能であり、正確な解を求めることができない。
- 解析的な解の欠如: 3体問題の解析的な現在では解は存在していない。ニュートンの運動方程式は、2つの天体間の相互作用については解析的な解があるが、3つ以上の天体に対しては解析的な表現が存在しない。そのため、数値的な手法や近似的な手法を使ったアプローチが必須となる。
このように、3体問題は解けない問題とされており、実用的な側面では、数値シミュレーションや近似的な手法を用いて、特定の初期条件における天体の軌道を予測することが行われている。
三体問題の近似的な解法
三体問題の近似的な解法としては、以下に示しているようなアプローチが行われている。
- 重心系の利用: 重心系は、3つの質点の位置ベクトルの重心を原点とする座標系となる。この座標系では、3つの質点の位置ベクトルの和がゼロベクトルになり、重心系では、重心の運動のみを考え、他の2つの質点は重心の周りを回ると近似する。これにより、3体問題が2体問題として扱える場合がある。
- 二体問題への分解: 3つの質点の中で、2つの質点の相互作用を二体問題として解析し、残りの1つの質点をそれらの質点の平均的な相互作用から受動的に考慮する。この近似では、3体問題を簡略化して解析することができるが、質点の運動の相互作用が等しい場合に限定される。
- 平均場近似: 平均場近似では、各質点が他の質点の平均的な影響を受けると仮定する。つまり、各質点は他の質点の集団効果を平均化した重力場中で運動するとみなす。この近似では、3つの質点を独立した質点として扱い、個々の質点の運動を解析することができる。
- 数値計算法: 数値計算法は、微分方程式を数値的に解く手法を使用して、3体問題の数値解を求めるアプローチとなる。代表的な手法には、ニュートンの運動方程式を差分化して時間ステップごとに数値的な近似解を求める方法や、シミュレーション手法(例:モンテカルロ法、N体シミュレーション)がある。
これらのアプローチの中で、確率モデルを使った機械学習のアルゴリズムとしても用いられている平均場近似とモンテカルロ法のアプローチについて述べる。
平均場近似による三体問題の近似
“周辺確率分布の計算 – 平均場近似“でも述べられている平均場近似は、ベイズ推定のアルゴリズムとしても用いられているものとなる。この近似法では、各質点が他の質点の平均的な影響を受けると仮定し、各質点を他の質点の集団効果を平均化した重力場中で運動するとみなす。
以下に、平均場近似による三体問題の解法の一般的な手順を示す。
- 初期条件の設定: 3つの質点の初期位置と速度を与える。
- 時間の設定: 解析する時間範囲と時間ステップを決定する。
- メインループ: 次の手順を時間ステップごとに繰り返す。
- 各質点の位置の平均場を計算する。これは、他の2つの質点の位置から影響を受ける平均的な重力場となる。質点の位置と質量の関係に基づいて計算する。
- 各質点の運動方程式を解く。質点は、他の2つの質点からの平均場重力に従って運動する。運動方程式はニュートンの法則を使用して求められる。
- 質点の位置と速度を更新する。これは時間ステップに基づいて、質点の位置と速度を新しい値に更新するものとなる。
- 解析結果の取得: メインループを終了した後、各質点の位置と速度の結果を得る。
平均場近似による解法では、各質点は他の質点の集団効果を受けながら運動するため、質点同士の相互作用を平均化して考えることで、計算の簡略化が図られる。ただし、平均場近似は厳密な解ではないため、特に長期的な予測や高い精度が必要な場合には注意が必要となる。
モンテカルロ法を使った三体問題の解析
“マルコフ連鎖モンテカルロ(MCMC)法とベイズ推定“にも述べられているモンテカルロ法は、確率的な手法を用いて数値的に解析する手法であり、ベイズ推定などの確率モデルの解析に用いられる他、三体問題の解析にも応用することができる。小説「三体」ではこのモンテカルロ法によるアプローチにより三体問題を解くことが記載されている。以下に、モンテカルロ法を使った等質量三体問題の解析手法について述べる。
- ランダムな初期条件の生成: モンテカルロ法では、ランダムな初期条件を生成する。これには、質点の位置や速度のランダムな値を設定する。生成された初期条件は、系の対称性や制約条件を満たす必要がある。
- 数値シミュレーションの実行: 生成された初期条件を用いて、数値シミュレーションを実行する。質点の位置や速度の時間変化を計算するために、数値積分法(例: ルンゲ・クッタ法)を使用する。初期条件から出発して、質点の運動を一定の時間間隔で計算する。
- 解析の実施: 数値シミュレーションの結果を解析する。モンテカルロ法では、多数の初期条件を生成し、それぞれの初期条件に対して数値シミュレーションを実行するため、得られる結果は統計的な性質を持つ。
これらの解析の実施により、軌道の安定性や特徴的な振る舞い、カオスの存在などを調べることができ、例えば、初期条件ごとに軌道の形状や運動の特徴を比較したり、統計的な解析を行ったりすることができる。
モンテカルロ法は、三体問題の複雑な振る舞いや相互作用を統計的に解析する手法として有用だが、モンテカルロ法を使用する場合でも、統計的な性質を持つため、十分なサンプル数や解析の厳密さが求められ、解析結果の信頼性や精度には注意が必要となる。
最後に三体問題の解析可能な特殊解である等質量三体問題とそのアプローチについて述べる。
等質量三体問題の解法
等質量三体問題は、質点間の質量が等しい場合に特殊な性質を持つ問題となり、特定の条件下で解析解を持つ。以下に、それらのいくつかについて述べる。
- ラグランジュ解法(Lagrange’s Solution): ラグランジュは1772年に等質量三体問題の解法を提案している。この解法では、三体系を適切な座標系で表現し、質点の相対的な位置や速度をパラメータ化するものとなる。これらから得られたラグランジュ点と呼ばれる特殊な配置の点では、質点が平衡状態になることが知られており、機動戦士ガンダム等のSFの中でもこのラグランジュポイントはしばしば現れる。
- ヒルの方程式(Hill’s Equations): ヒルの方程式は、等質量三体問題を微分方程式の形で表現する方法となる。ヒルの方程式を解析的に解くことは困難だが、数値解析や近似解法を用いることで、質点の運動を予測することができる。
- ポアンカレ断面(Poincaré Section): ポアンカレ断面は、等質量三体問題のカオス的な振る舞いを観察するための手法となる。この手法では、質点の運動を特定の平面上で観測し、軌道の交差や特徴的なパターンを分析することで、系のダイナミクスを理解することができる。
一般的な等質量三体問題に対して解析的な解法は存在しない。このような場合には、数値解析やコンピュータシミュレーションを用いて、質点の運動を数値的に解くことが一般的であり、数値解析手法には、”ニュートン法の概要とアルゴリズム及び実装について“で述べているニュートン法、ルンゲ・クッタ法、直接法(Direct method)などが使用されている。
以下に、上記の3つの解法について更に述べる。
ラグランジュ解法による等質三体問題
“双対問題とラグランジュ乗数法“等で述べているラグランジュ解法は、機械学習における最適化問題を解くアルゴリズムとして重要であり、等質量三体問題の解法の一つとして、質点の相対的な位置や速度をパラメータ化し、特殊な配置の点での平衡状態を分析するツールとなっている。以下に、ラグランジュ解法による等質量三体問題の基本的なアイデアについて述べる。
等質量三体問題では、三つの質点(A、B、C)の質量が等しいと仮定する。これにより、系の対称性が高まり、特定の配置での平衡点や特殊な軌道が存在することが分かる。
まず、質点A、B、Cの相対的な位置をパラメータ化するために、ラグランジュ座標を導入する。ラグランジュ座標では、質点AとBの重心を原点とし、AからBへのベクトルをx、Cから重心へのベクトルをyとする。
次に、相対速度を表すために、xの時間微分をVx、yの時間微分をVyとする。
これらのパラメータ化により、等質量三体問題をラグランジュ座標系で表現することができる。そして、ラグランジュ解法では、特定の配置での平衡点を探し、系の安定性や特殊な軌道を分析する。
ここで、特に重要なのは、ラグランジュ点と呼ばれる特殊な配置の点となる。ラグランジュ点は、質点が引力の効果を受けて平衡状態になる点であり、系の安定性を示す重要な指標となる。例えば、地球と月の系では、地球と月の重心を中心とするラグランジュ点(L1、L2、L3)が存在している。
ラグランジュ解法による等質量三体問題の解析は、一般的な解析手法よりも複雑で困難であり、特に、実際の天体系では等質量の制約が成り立たないことが多く、さらなる近似や数値解析が必要となっている。しかし、等質量三体問題のラグランジュ解法は、天体力学や宇宙船の軌道設計などの応用において有用な手法であり、特に、ラグランジュ点を利用した軌道の安定化やリソースの最適化などに応用されている。
ヒルの方程式による等質三体問題について
ヒルの方程式(Hill’s equations)は、質点の相対的な運動を記述するために使用され、等質量三体問題を微分方程式の形で表現する手法となる。以下に、ヒルの方程式による等質量三体問題の基本的なアイデアについて述べる。
等質量三体問題では、三つの質点(A、B、C)の質量が等しいと仮定し、ヒルの方程式では、質点の相対的な位置と速度の微小な変化を扱うことで、質点の運動を記述する。
ヒルの方程式では、三つの質点の位置ベクトルを、質点Aから見た相対位置で表現し、具体的には、AからBへのベクトルをx、AからCへのベクトルをyとする。
ヒルの方程式は、以下のように表される。
d²x/dt² = -2ω dy/dt – 3ω² x d²y/dt² = 2ω dx/dt – 3ω² y
ここで、ωは系の角速度であり、ω² = Gm/(R³)と表され、Gは万有引力定数、mは質点の質量、Rは質点の平均距離となる。
ヒルの方程式は非線形な微分方程式であり、解析的な解法は一般的に存在せず、解析的に解くことは困難となる。そのため、一般的には、数値解析や近似解法を使用してヒルの方程式を解くこととなる。数値解析手法には、ルンゲ・クッタ法や直接法(Direct method)などがあり、これらの手法を使用して、質点の運動を数値的に予測し、系のダイナミクスを理解することができる。
ポアンカレ断面を使った等質量三体問題の解法
ポアンカレ断面(Poincaré section)は、等質量三体問題のカオス的な振る舞いを観察するための手法となる。ポアンカレ断面では、特定の平面上で質点の運動を観測し、軌道の交差や特徴的なパターンを分析することで、系のダイナミクスを理解する。以下に、ポアンカレ断面を使った等質量三体問題の解法の基本的な手順について述べる。
- ポアンカレ断面の選択: ポアンカレ断面では、質点の運動を観測する平面を選択する。この平面は、系の対称性や興味のある特性に基づいて選ばれ、一般的には、質点の相対位置や速度の特定の値を持つ平面が選ばれる。
- 初期条件の設定: 選択したポアンカレ断面上での質点の初期条件を設定する。これには、質点の位置や速度の値が含まれ、通常、初期条件は系の対称性や興味のある特性に応じて選ばれる。
- 軌道の計算: 選択したポアンカレ断面上で、質点の運動を数値的に計算する。これには、数値積分法(例: ルンゲ・クッタ法)を使用して、質点の位置や速度の時間変化を予測している。ここでは、初期条件から出発して、軌道を一定の時間間隔で計算する。
- 断面上のデータの収集: ポアンカレ断面上で、質点の位置や速度のデータを収集する。計算された軌道がポアンカレ断面と交差するたびに、その時点での質点の位置や速度を記録する。
- データの解析: 収集されたデータを解析し、軌道の交差や特徴的なパターンを調べる。これには、軌道の交差点の位置、周期的なパターン、カオス的な振る舞いなどの特性を分析することが含まれる。
ポアンカレ断面を使用することで、等質量三体問題のカオス的な振る舞いを理解することができる。また、軌道の交差や特徴的なパターンの観察により、系の安定性や予測性の限界、カオスの存在などを明らかにすることもできる。更に、ポアンカレ断面を用いた解析は、数値シミュレーション結果の視覚化や可視化にも役立つ。
最後に
三体問題は、現代科学に残された難問の一つであり、それらに対する様々な数学的アプローチは、機械学習技術のアルゴリズムとして生かされている。
三体問題の参考図書としては”三体問題 天才たちを悩ませた400年の未解決問題“等がある。
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