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イントロダクション
“SF小説「三体」と三体問題、機械学習技術“で述べた三体問題の前日譚である”三体0球状閃電“では近代物理学のブレークスルーである量子論について述べられている。
今回は、この量子論の概要と人工知能技術との関わりについて述べたいと思う。
量子力学について
量子力学は、古典力学の枠組みでは説明できない現象や振る舞いを解明するために発展した物理学の分野の一つであり、微視的なスケール(原子や分子など)での物理現象を記述する理論となる。以下に、量子力学の基本的な概念と主要な原理について述べる。
- 波粒二重性(Wave-Particle Duality): 量子力学では、物質や光などの粒子性と波動性の両方が存在することが認識されている。これは、粒子的な性質では局所化や粒子の位置や運動量などが考えられ、波動的な性質では干渉や重ね合わせ、確率的な振る舞いなどが現れるというもので、この古典力学では区別されていた性質が同時に現れるという特性は、そこに様々な解釈を生んでいる。
- 波動関数(Wave Function): 波動関数は、量子系の状態を数学的に表現するための関数であり、複素数値で、時間や位置などの変数に対して依存するものとなる。波動関数の絶対値の二乗は確率密度として解釈され、量子系がある状態にある確率を表す。
- 状態ベクトル(State Vector): 量子系の状態は、状態ベクトルによって表される。状態ベクトルは、波動関数に対応しており、量子系の状態空間上を時間発展するものとなる。状態ベクトルはヒルベルト空間上のベクトルとして表現される。
- シュレディンガー方程式(Schrödinger Equation): シュレディンガー方程式は、量子系の時間発展を記述するための基本的な方程式となる。シュレディンガー方程式によって、波動関数の時間変化が求められ、シュレディンガー方程式は、時間に依存するハミルトニアン演算子と状態ベクトル(波動関数)を用いて表される。
- 観測と確率性: 量子力学では、観測が重要な役割を果たす。観測によって量子系の状態は崩壊し、特定の状態が確定する。また、量子力学では確率的な結果が得られることがあり、波動関数の絶対値の二乗は、測定結果が得られる確率分布として解釈される。
これらは量子力学の基本的な概念の一部となる。量子力学は、粒子や原子核の振る舞い、物質の構造、光の性質など、様々な現象の理解と解明に重要な理論であり、量子コンピューターや量子通信などの応用分野においても重要な基盤となっている。
量子力学の哲学
前述の波粒二重性や観測と確率性の特徴は、量子力学に対して、さまざまな解釈や立場を生み出している。以下にそれらの中から主要な観点について述べる。
- コペンハーゲン解釈: コペンハーゲン解釈は、量子力学の最も一般的な解釈の1つとなる。この解釈では、物理系は観測されるまで確定的な状態を持たず、観測によって確率的に崩壊する。観測者は物理系と相互作用することで確率的な結果を観測するが、物理系の内部の詳細については説明ない。コペンハーゲン解釈は、観測者の役割と観測の結果に焦点を当てたものとなる。
- マルチワールド解釈: “可能世界と論理学と確率と人工知能と“でも述べているマルチワールド解釈は、量子力学の他の一般的な解釈の1つであり、ヒューゴ・ベリストラウムやヒュー・エヴェレットによって提案されたものとなる。この解釈では、観測によって生じる確率的な崩壊は起こらず、むしろ観測結果に対応する異なる宇宙が平行に存在すると考えられている。つまり、すべての可能性が同時に実現し、観測者はそれぞれの宇宙に分岐していくものとされている。
- 反応解釈: 反応解釈は、物理系が観測される前から確定的な状態を持っており、観測によってその状態が明らかにされるとする解釈となる。この解釈では、物理系が観測者と相互作用することで、確定的な反応が引き起こされるとされている。反応解釈は、確率的な崩壊を説明する代わりに、観測の結果をより古典的な物理法則に基づいて説明しようとする試みとなる。
このような解釈は、”禅の思想と歴史、大乗仏教、道の思想、キリスト教“で述べている「無量寿経」「阿弥陀経」でのパラレルワールドの考え方や禅の思想で述べられている「空」の思想と大きく外れていない。量子力学は、“可能世界と論理学と確率と人工知能と“で述べているような何でもありの世界への契機でもあるということがわかる。
量子力学と人工知能技術
量子力学と人工知能技術は、近年その結び付きが注目されている。以下に、それらの中からいくつかの観点について述べたいと思う。
- 量子コンピューティング(Quantum Computing): “量子コンピューターの概要と参考情報/参考図書“でも述べている量子コンピューティングは、量子力学の原理を利用して情報処理を行う技術であり、従来のコンピュータとは異なる仕組みを持ち、量子ビット(qubit)と呼ばれる多状態を許容した要素を利用して計算を行うものとなる。既存のコンピューターが1か0かの2つの状態をベースに計算を行っているのに対して、量子コンピューティングでは、一度に多くの状態ほハンドリングできるものとなり、人工知能のアルゴリズムの改善や高度な最適化問題の解決に応用されることが期待されている。
- 量子機械学習(Quantum Machine Learning): 量子機械学習は、機械学習の手法を量子コンピュータや量子アルゴリズムに適用する研究領域となる。この量子機械学習技術を用いることで、量子コンピュータの特性を活かし、従来の機械学習手法に比べて効率的な学習や分類が可能となる可能性があり、パターン認識、最適化、データ解析などの応用において、より高速で効率的な解を見つけることが期待されているものとなる。
- 量子センシング(Quantum Sensing): 量子センシングは、量子力学の原理を利用して高感度なセンシング技術を実現する研究領域となる。この技術を用いることで、量子状態や量子効果を利用して、微小な変化や信号の検出、計測を行うことが可能となり、人工知能技術との組み合わせにより、センサーデータの解析やパターン認識などの処理が高度化され、精密なセンシングや画像認識などの応用領域での進展が期待されているものとなる。
量子機械学習と量子アルゴリズム
<概要>
量子機械学習(Quantum Machine Learning)は、量子コンピュータや量子情報処理のアイデアを機械学習の手法と組み合わせた研究領域であり、量子機械学習では、これらの目的を達成するために量子アルゴリズムや量子データ処理手法を活用している。
<量子アルゴリズム>
量子アルゴリズム(Quantum Algorithms)は、量子コンピュータ上で実行されるアルゴリズムのことを指し、量子コンピュータは、古典的なコンピュータとは異なる計算モデルを持ち、量子ビット(qubit)という情報の基本単位を使用するものとなる。以下にいくつかの代表的な量子アルゴリズムについて述べる。
- ショアのアルゴリズム(Shor’s Algorithm): ショアのアルゴリズムは、素因数分解問題を効率的に解くためのアルゴリズムとなる。このアルゴリズムは、RSA暗号や一部の公開鍵暗号を破ることができる可能性を持っており、ショアのアルゴリズムは、量子フーリエ変換や位相推定などの量子計算の概念を駆使するものとなる。
- グローバーのアルゴリズム(Grover’s Algorithm): グローバーのアルゴリズムは、検索問題を高速に解くためのアルゴリズムとなる。古典的な検索アルゴリズムの計算量がO(N)であるのに対し、グローバーのアルゴリズムはO(√N)の計算量を持ち、これにより、大規模なデータベースの中から目的のデータを効率的に見つけることを可能としている。
- デュアルアドティビティ問題のアルゴリズム(Quantum Approximate Optimization Algorithm, QAOA): デュアルアドティビティ問題は、最適化問題の一種であり、実用的な応用が多いアプローチとなる。QAOAは、組み合わせ最適化問題を効率的に解くための近似アルゴリズムであり、量子アニーリングと組み合わせて使用することができる。
これらの量子アルゴリズムは、古典的なアルゴリズムとは異なる特性を持ち、特定の問題に対して指数関数的な速度向上が期待されているが、実際の量子コンピュータでこれらのアルゴリズムを実行するには、ノイズや誤り訂正などの課題を克服する必要があり、現在でも研究途上のアルゴリズムとなっている。
<量子データ処理手法>
量子データ処理手法(Quantum Data Processing Techniques)は、量子情報処理において、量子ビット(qubit)上の情報を操作・変換・制御するための手法や技術のことを指す。量子データ処理は、量子アルゴリズムや量子コンピュータの実現に不可欠な要素であり、量子情報を効率的かつ信頼性の高い方法で処理することを目指している。以下にいくつかの代表的な量子データ処理手法について述べる。
- 量子ゲート操作: 量子ゲートは、量子ビットに対して特定の操作を行うための基本的な手法となる。量子ゲート操作は、量子ビットの状態を変換したり、量子ビット間の相互作用を制御したりするために使用され、一般的な量子ゲートには、アダマールゲート、位相ゲート、CNOTゲートなどがある。
- 量子測定: 量子測定は、量子ビットの状態を特定の基底で測定し、結果を取得する手法となる。量子測定は、量子ビットの状態を古典的な情報に変換するために重要な要素であり、量子ビットの状態を確認したり、量子アルゴリズムの出力を得たりするために使用されている。
- 量子エンタングルメント: 量子エンタングルメントは、複数の量子ビットを相互に結びつけ、組み合わせ状態を作り出す手法となる。エンタングルメントは、量子コンピューティングの強力な特性であり、量子ビット間の相関を利用して並列計算や高速な情報伝達を実現するアプローチとなる。
- 量子エラーコレクション: 量子ビットは、ノイズや誤りに非常に敏感であり、量子エラーコレクションは、誤りを減らすための手法やプロトコルの開発を指す。量子エラーコレクションには、量子誤り訂正符号や量子エラー訂正アルゴリズムなどが含まれている。
<その他の量子機械学習のアプローチ>
量子機械学習のアプローチには、上記以外にも以下に示すようないくつかの手法がある。
- 量子強化学習: 量子強化学習は、強化学習の枠組みを量子コンピュータ上で適用する手法となる。強化学習は、環境と相互作用しながら学習するエージェントを通じて、最適な行動を学習するもので、量子強化学習では、量子状態や量子ゲートを使用して、高速な学習と最適なポリシーの発見を目指している。
- 量子教師あり学習: 量子教師あり学習は、古典的な教師あり学習の一般化となる。教師あり学習では、ラベル付きのトレーニングデータを使用して、未知の入力データに対する予測モデルを構築しているが、量子教師あり学習では、トレーニングデータとして量子状態や量子ゲートを使用し、量子アルゴリズムを適用して予測モデルを構築することを目指している。
- 量子クラスタリング: 量子クラスタリングは、データを自動的にグループ化する手法となる。通常、クラスタリングはデータの類似性を基にして行われるが、量子クラスタリングでは、量子状態や量子アルゴリズムを使用してクラスタリングを実行している。
量子力学と自然言語処理
量子力学と自然言語処理(Natural Language Processing, NLP)は、異なる分野だが、最近では両者の結び付きが一部の研究や応用において注目を集めている。以下に、量子力学と自然言語処理の関係について述べる。
<量子言語モデリング(Quantum Language Modeling)>
量子言語モデリングは、量子力学の原理を応用して自然言語のモデリングや表現を行う手法となる。量子言語モデリングは、従来の統計的な言語モデル(例: n-gramモデルや”Transformerモデルの概要とアルゴリズム及び実装例について“でも述べているTransformerモデル)をベースとした古典的なアイデアとは異なり、量子状態や量子演算を用いて文の意味や構造を表現するものとなり、より複雑な意味関係や文章の統計的な特性を捉えることが期待されている。
量子言語モデリングでは、文章や文書を量子状態の表現として扱い、量子ビットの操作や量子アルゴリズムを用いて言語モデルを構築し、具体的な手法としては、量子回路を使用して文章の統計的なパターンを学習するアプローチがとられている。量子回路は、量子ビットに対してゲート操作を適用することで情報を処理する回路であり、言語モデリングでは、量子回路を構築して、文章の統計的なパターンを捉えるために、量子ゲートを設計したり、量子ビット間の相互作用を活用したりする。
また、量子言語モデリングでは、量子アルゴリズムを利用して高速な言語処理を行うことも可能となる。これは例えば、量子アルゴリズムの一つである量子位相推定を使用して、文章の特定のパターンや文法規則を効率的に検出したり、量子アニーリングを応用して文章の意味解析を行ったりするようなものとなる。
<量子単語埋め込み(Quantum Word Embeddings)>
単語埋め込みは、量子コンピューティングの枠組みを使用して単語やテキストの意味的な表現をエンコードする手法で、通常の自然言語処理では、単語をベクトル空間に埋め込み、単語をベクトル空間にマッピングして、意味や関係性を数値的に表現するのに対して、量子単語埋め込みは、単語の意味や関連性を量子状態や量子演算によって表現するものとなる。これにより、従来の単語埋め込み手法よりもより豊かな意味表現を得ることが期待されている。
量子単語埋め込みの手法はいくつかあるが、一つのアプローチは、単語を量子ビット(qubit)の状態として表現することで、例えば、n個の量子ビットを使用して2^n個の異なる状態を表現するようなものとなる。これによると、各単語は、これらの量子ビットの状態にエンコードされ、その状態に基づいて単語間の意味的な類似性や関連性を計算することができる。
量子単語埋め込みは、通常の単語埋め込みと同様に、文章の処理や自然言語処理のタスクに応用することができ、例えば、量子単語埋め込みを使用して意味的な類似性を計算することで、単語の関連性を把握したり、文書の分類や検索に活用したりすることが可能となる。
<量子アルゴリズムを用いたNLPタスクの高速化>
前述の量子アルゴリズムを用いることで、一部のNLPタスクの高速化や効率化を達成する可能性がある。これには例えば、量子マシンを利用して検索、分類、要約、クラスタリングなどの処理を高速化することなどがある。また、量子アルゴリズムの特性を活かして、従来のアルゴリズムには難しい自然言語処理の課題を解決する可能性も検討されている。
<量子情報理論と情報エントロピー>
量子情報理論や情報エントロピーは、情報の計算や伝達における基礎的な理論だが、自然言語処理においても重要な役割を果たしている。これは例えば、言語モデルの評価や情報量の計算に情報エントロピーを利用し、量子情報理論の概念や手法を応用することで、情報の処理や解析に新たな視点や手法が生まれることが期待されている。
これらは量子力学と自然言語処理に関しては、現時点ではまだ研究の初期段階であり、量子力学を直接的に応用した具体的な手法や技術が実用化されているわけではない。しかし、両者の結び付きに関心が寄せられ、今後の研究と技術の進展により、新たな展開や応用が生まれる可能性がある。
参考情報と参考図書
量子コンピューターに関しては”量子コンピューターの概要と参考情報/参考図書“も参照のこと。また、量子コンピューターの参考情報としては、大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立情報学研究所(NII)が、量子技術に関する図やグラフ、練習問題やプログラムコードなど様々なコンテンツを収めた教材データベースを構築し、量子技術高等教育拠点として公開されている。
参考図書としては一般的な読み物としては「現代思想2020年2月号 特集=量子コンピュータ―情報科学技術の新しいパラダイム」がある。
このほかにも”IBM Quantumで学ぶ量子コンピュータ“
“量子コンピュータシステム: ノイズあり量子デバイスの研究開発“等がある。
コメント
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