Graph Isomorphism Network (GIN)の概要
高性能なグラフニューラルネットワークは、その構造をデザインする際に経験的な直感やヒューリスティック、 実験的な試行錯誤に頼っているものも多い。 グラフニューラルネットワー クの特性や限界についての理論的な理解は十分ではなく、 Xuらの”How Powerful are Graph Neural Networks?“ではそのような議論のための 枠組みを示している。
この論文で提案されたGINは、近傍ノードの特徴ベクトルを(要素の重複を許す)多重集合(multiset)として表し、 グラフニューラルネットワークにおける近傍の集約をmultisetの集約関数と考えたモデルを提案している。 このモデルでは、 表現力の高いグラフニューラルネットワークとするためには、 グラフニューラルネットワークは異なるmultisetの集約結果を異なる表現にする必要がある。 さらにこの論文では、さまざまなmultisetの関数を調べてその識別能力(すなわち異なるmultisetを集約関数がどの程度区別できるか)を理論的に特徴づけている。 そこでは、multisetの関数の識別能力が高いほど、そのグラフニューラルネットワークの表現力が高いことが示されている。
それら理論的アプローチとして”How Powerful are Graph Neural Networks?“では、 “PATCHY-SANの概要とアルゴリズム及び実装例について“にて述べているWL同型テストと関連づけて以下のものを挙げている。
- グラフ構造の識別において、 グラフニューラルネットワークは高々WL同型テストと同程度の能力しかない。
- グラフニューラルネットワークがWL同型テストと同程度の能力となるための近傍の集約とグラフreadout関数の条件を明確にしている。
- GCNやGraphSAGEなどの一般的なグラフニューラルネットワー クでは識別できないようなグラフ構造を示し、 これらのグラフ ニューラルネットワークが識別できるグラフ構造を特徴づけている。
- 単純な構造のGraph Isomorphism Network(GIN)を提案し、これがWL同型テストと同程度の識別能力を持つことを示している。
WL同型テスト(Weisfeiler-Lehman graph isomorphism test)は、 与えられたグラフが同型か否かを判定する際にしばしば用いられるアルゴリズムとなる。また、 multisetは集合を拡張した概念であり、(集合とは異なり)同じ値の要素が複数回出現することを許す集合となる。
グラフニューラルネットワークにおけるノード表現の学習は、グラフにおける周辺ノードの表現を集約することによって 行われるが、その際の集約の性質によって、 グラフニューラルネットワー クの識別能力が変わってくる。 表現能力が高いグラフニューラルネットワークにするには、 多重集合を維持するような集約、すなわち集約が単射の多重集合関数となる ものであることが望ましい。 しかしながら、異なるグラフを異なるエ ンベディング空間に射影するということは、(困難な)グラフ同型問題(graph isomorphism problem)を解くことを意味する。 ここでは、同型なグラフが同じ表現に射影され、非同型なグラフが異なる表現に射影されることが望ましいが、 GINではそれより少し弱い基準によってグラフニューラルネッ トワークの表現能力を特徴づけている。それはヒューリスティックなWL同型テストであり、正則グラフなどのいくつかの例外を除いては、一般 に正しくグラフを識別することが知られている。
任意の集約ベースの グラフニューラルネットワークのグラフ識別能力は、せいぜいWL同型テストの識別能力までしかない。 またグラフニューラルネットワークが WL同型テストと同等の識別能力になるための条件は、近傍ノードの集約と、ノード表現からのグラフの表現生成 (readout)が単射であることである。
グラフニューラルネットワークに求められる性質として、 異なるグラ フを識別するだけでなく、 グラフ構造の類似度を把握することがあるが、このような条件を満たすグラフニューラルネットワークは部分木を低次 元空間に埋め込む学習によってWL同型テストを一般化しており、 異なるグラフ構造の識別だけでなく、類似したグラフを類似した埋め込み(エンベディング)に射影し、 グラフ構造の依存関係を把握できる。
Graph Isomorphism Network(GIN)は、 WL同型テストを一般化したモデルであり、グラフニューラルネットワークの中で最大の識別能力を有する。 この条件を満たさないグラフニューラルネットワークとして”グラフ畳み込みニューラルネットワーク(Graph Convolutional Neural Networks, GCN)の概要とアルゴリズム及び実装例について“で述べているGCNや”GraphSAGEの概要とアルゴリズム及び実装例について“で述べているGraphSAGEなどがある。 これらはWL同型テストよりも識別能力が低く、単純なグラフでも区別できない場合がある。 それにもかか わらず、GCNのような平均による集約はノード分類タスクにおいて多くの場合にうまく働く。
multisetの平均(mean)や最大(max)によるプーリングは単射ではないため、表現力の強い順に並べると和、平均、最大の順となる。 多重集合の和は多重集合を区別できるが、平均はその比率および分布しか区別できず、最大は多重集合を単なる集合とみなしてしまうためである。 平均による集約がうまく働くタスクは、 正確な構造よりもグラフの分布の情報が重要であるようなタスクや、ノードの特徴が多様であ り複数回現れることがほとんどないようなタスクとなる。
以上を要約すると、Graph Isomorphism Network (GIN)は、グラフ構造の同型性を学習するためのニューラルネットワークモデルであり、グラフ構造の特徴をエンコードし、そのエンコーディングを用いて同型性を判定するために設計され、基本的にはグラフのラベル付けや順序による同型性を無視し、グラフの構造そのものに着目したモデルとなる。このようなグラフ同型性の問題は、化学構造、社会ネットワーク、プロテイン-タンパク質相互作用ネットワークなど、2つのグラフが同じ構造を持つかどうかを判定する問題で、多くの分野で重要なアプローチとなる。
GINツールやライブラリに関しては、筆者のgitページから利用できる。
Graph Isomorphism Network (GIN)に関連するアルゴリズムについて
Graph Isomorphism Network (GIN)は、グラフ同型性を学習するためのニューラルネットワークモデルだが、GIN自体はグラフ同型性問題を解くアルゴリズムではない。代わりに、GINはグラフ同型性問題を学習するためのフレームワークやアーキテクチャを提供している。
一般的に、グラフ同型性問題を解決するアルゴリズムにはいくつかのアプローチがある。代表的なものには次のようなものがある。
1. エイヒンホルツアルゴリズム (Aho-Hopcroft-Ullman Algorithm): これは、再帰的な深さ優先探索 (DFS) を使用して、グラフ同型性を検証します。このアルゴリズムは、2つのグラフを比較し、同じ頂点数と同じエッジ数を持つかどうかを確認し、その後、DFSによる探索を用いて、頂点の対応関係を見つけ出す。詳細は”エイヒンホルツアルゴリズム (Aho-Hopcroft-Ullman Algorithm)の概要とアルゴリズム及び実装例について“を参照のこと。
2. ワイアット・ミラー・ターマンアルゴリズム (Weisfeiler-Lehman Algorithm): このアルゴリズムは、ノードの周囲の構造に基づいてグラフをラベル付けし、ラベルの情報を使用して同型性を検証するものとなる。このアルゴリズムは、一般的に高速であり、グラフの大規模なデータセットにも適用されている。詳細は”ワイアット・ミラー・ターマンアルゴリズム (Weisfeiler-Lehman Algorithm)の概要と関連アルゴリズム及び実装例について“も参照のこと。
3. モンテカルロ法 (Monte Carlo Method): このアプローチは、ランダムに生成された頂点のペアのペアを比較することによって、同型性の可能性を推定するものとなる。この方法は、大規模なグラフに対しても効率的ですが、確率的な性質を持つため、正確性には注意が必要となる。詳細は”マルコフ連鎖モンテカルロ法の概要と実装について“も参照のこと。
これらのアルゴリズムは、グラフ同型性問題に対処するための古典的な手法で、一方、GINのようなニューラルネットワークベースのアプローチは、これらの古典的な手法よりも一般的には性能が高く、また訓練済みモデルを使用することで、より広範なグラフ同型性の問題に適用できるとされている。
Graph Isomorphism Network (GIN)の適用事例について
Graph Isomorphism Network (GIN)は、さまざまなグラフ関連の問題に適用されている。以下にそれら適用事例について述べる。
1. 化学構造解析: GINは、分子の化学構造を表すグラフに対して使用されている。分子の構造をグラフとして表現し、GINを用いて分子の同型性や化学的性質の予測、化合物の類似性の評価などを行う。これは、医薬品探索や材料科学などの分野で有用となる。
2. ソーシャルネットワーク解析: ソーシャルネットワークやウェブグラフなどのソーシャルメディアやインターネットのネットワーク構造に対して、GINが適用されている。GINを使用することで、ユーザー間の関係やネットワークの特性、コミュニティの検出などの問題を解決可能となる。
3. 生物学的ネットワーク解析: プロテイン-タンパク質相互作用ネットワーク、遺伝子発現ネットワーク、代謝経路ネットワークなど、生物学的システムを表すグラフに対してGINが適用されている。これにより、生物学的ネットワークの機能解析、タンパク質相互作用の予測、遺伝子の機能の解明などが可能になる。
4. グラフ分類: GINは、グラフの構造を入力として受け取り、そのグラフが特定のクラスに属するかどうかを予測するために使用されている。これは、文書のカテゴリ分類や画像の識別などと同様のタスクに応用されるが、グラフ構造に特化したものとなる。
これらの適用事例は、GINがグラフ構造の学習と解析において広く活用されていることを示しており、その柔軟性と汎用性により、さまざまな領域での問題に対処するための強力なツールとして機能していることを示している。
Graph Isomorphism Network (GIN)の実装例について
Graph Isomorphism Network (GIN)の実装例は、Pythonと機械学習ライブラリのPyTorchを使用して一般的に行われる。以下は、PyTorchを使用したGINを実装する基本的な例となる。
import torch
import torch.nn as nn
import torch.nn.functional as F
from torch_geometric.nn import MessagePassing
from torch_geometric.utils import add_self_loops, degree
class GINConv(MessagePassing):
def __init__(self, in_channels, out_channels):
super(GINConv, self).__init__(aggr="add")
self.mlp = nn.Sequential(
nn.Linear(in_channels, out_channels),
nn.ReLU(),
nn.Linear(out_channels, out_channels)
)
self.eps = nn.Parameter(torch.Tensor([0]))
def forward(self, x, edge_index):
edge_index, _ = add_self_loops(edge_index, num_nodes=x.size(0))
out = self.mlp((1 + self.eps) * x + self.propagate(edge_index, x=x))
return out
def message(self, x_j):
return x_j
class GIN(nn.Module):
def __init__(self, num_features, hidden_channels, num_classes):
super(GIN, self).__init__()
self.conv1 = GINConv(num_features, hidden_channels)
self.conv2 = GINConv(hidden_channels, hidden_channels)
self.fc = nn.Linear(hidden_channels, num_classes)
def forward(self, x, edge_index):
x = F.relu(self.conv1(x, edge_index))
x = F.relu(self.conv2(x, edge_index))
x = F.dropout(x, p=0.5, training=self.training)
x = global_mean_pool(x, batch) # グラフ全体の特徴を集約
x = self.fc(x)
return F.log_softmax(x, dim=-1)
この例では、GINConvというカスタムメッセージパッシングレイヤーを定義し、それを使用してGINモデルを構築している。また、PyTorch Geometricライブラリを使用してグラフデータを効果的に処理している。
Graph Isomorphism Network (GIN)の課題とその対応策について
Graph Isomorphism Network (GIN)にはいくつかの課題があり、それらに対処する方法もも考えられている。以下にそれらについて述べる。
1. ラベルの置換に対する不変性の欠如:
課題: GINは、グラフのラベルの置換に対して不変ではない。つまり、同じグラフを異なる方法でラベル付けした場合に、異なる特徴表現を生成する可能性がある。
対策: ラベルの不変性を確保するために、GINにはさまざまな手法がある。例えば、グラフのラベルを安定的な順序でソートするなどの方法があり、また、ワイアット・ミラー・ターマンアルゴリズム (Weisfeiler-Lehman Algorithm) などの手法を組み合わせることも効果的となる。
2. グラフの大きさへの頑健性の欠如:
課題: GINは、大規模なグラフに対して頑健ではない。特に、メモリ使用量や計算量が増加し、トレーニングや推論の効率が低下する可能性がある。
対策: ミニバッチ処理、サンプリング技術、またはグラフの次元削減などの方法を使用して、大規模なグラフに対するGINの性能を向上させることができ、また、近似アルゴリズムや並列処理などの手法も適用できる。
3. ドメイン適応性の欠如:
課題: GINは、特定のドメインに特化したタスクに対しては効果的だが、他のドメインに適用する際には性能が低下する可能性がある。
対策: ドメイン適応のためのデータ拡張、”転移学習の概要とアルゴリズムおよび実装例について“で述べている転移学習、ドメイン固有の特徴エンジニアリングなどの手法を使用して、GINの性能を向上させることができ、また、事前にトレーニングされたモデルのファインチューニングも有効な方法となる。
参考情報と参考図書
グラフデータの詳細に関しては”グラフデータ処理アルゴリズムと機械学習/人工知能タスクへの応用“を参照のこと。また、ナレッジグラフに特化した詳細に関しては”知識情報処理技術“も参照のこと。さらに、深層学習全般に関しては”深層学習について“も参照のこと。
参考図書としては”グラフニューラルネットワーク ―PyTorchによる実装―“
“Graph Neural Networks: Foundations, Frontiers, and Applications“等がある。
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