呼吸について(禅と認知活動とスポーツとの関係)

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イントロダクション

呼吸は内臓器官の中で、唯一、意識的に変えることができるものであり、「息が合う」「阿吽の呼吸」息を飲む」「息がつまる」「息もつかせず」「息を抜く」「息が長い」「息を潜める」等の様々な言い回しは、呼吸とこころとからだが密接に関係していることを示している。今回はこの呼吸を中心に禅やスポーツとの関係について述べてみたいと思う。

仏教と呼吸と禅

仏陀以前の原始宗教では、「口及び鼻からの入息出息を阻止」するという無息禅と呼ばれる苦行があったが、苦痛が得られるのみで何も得られなかったので、仏陀はまず呼吸を停止するという行法を否定している。

次に行われたが、「息を吸ったり吐いたりすること」(anapana, 入息出息)に精神を集中する。長く息を吸いつつ『私は長く息を吸う』と知り、長く息を吐きつつ『私は長く息を吐く』と知 る。また、短く息を吸いつつ『私は短く息を吸う』と知り, 短く息を吐きつつ『私は短く息を吐く』と知る。

これらに加えて「『喜びを感受して私は息を吸おう』と訓練し、『喜びを感受して私は息を吐こう』 と訓練し、 順次, 心行 の感受・心行の鎮静・心 の感受・心の喜悦・心の統一・心の解脱・無常の観察・離欲の観察・滅の観察・捨離の観察行い、入息 出息を行うというふうに、心と呼吸のあり方を結びつける修行となる。

これは外界から身体内部へ, そして再び外界へという, 単調ではあるが無理のない呼吸という身近な現象を捉えて, 真理の獲得に結び付けようというものになる。

空海と真言宗と印と曼荼羅と仏像“で述べている真言宗では、印を結んだり、真言を唱えると共に、阿字観と呼ばれる瞑想の中で、呼吸により体から悪い気を吐き出し、心身ともに清浄にしていく清浄体操(しょうじょうたいそう)によって身体を整えることが行われている。

禅と寺と鎌倉の歴史(臨済禅と鎌倉五山)“で述べている栄西や、”道元禅師“で述べられている道元により広められた禅では、坐禅をする要術として「調身、調息、調心」が説かれている。これらの要素である心と身体をつなげる呼吸は重要なものとされている。

身心の状態は、常に同じではなく、身体は生老病死というように、いくら頑張ったところで、老いもすれば病気になったりするし、また心もコロコロとよく変わる。ところが、呼吸はそれを調えることによって、幾らかでも調えることが出来るものになる。特に、「調息」の息という字は心より発して鼻より出づる意と言うことですから、呼吸を調えることは心を調えるということになる。

仏教の世界では、呼気は行使し吸気は養うといわれ、我々は吐く息吸う息によって、「息を吹き返し(生)」、「息を引き取って(死)」おり、一呼吸一呼吸に生死生滅を繰り返すとされている。それが断絶することなく時時につながっていく。

効率のよい呼吸のためには、特に吐く息をゆっくりスムーズにすることが重要で、この息抜きは、吸った息を完全燃焼させることであり、息抜きを上手にすることは、息が詰まるということもなくストレスが解消されていくことにつながるとされている。

呼吸と認知活動

呼吸は人の認知活動にも大きく関わっている。

ヒトの脳内のさまざまな部位では、記憶、判断、学習、思考、実行などのさまざまな認知機能が働いている。例えば頭を使うということは、脳内の神経伝達のネットワークを働かせることで、そのためにはエネルギー、そして酸素が必要だが、脳の活動では筋収縮のように多量のエネルギーを必要としないので、酸素摂取量はほとんど増えない。しかし、呼吸数や換気量、心拍数は、認知作業中に増加することが確認されてある。これは認知作業自体がストレスとなり、情動に働きかけて換気を上げていると考えられている。

実際に、様々な思考作業(記憶や探索などの課題)テストを行うと、その過程で治験者の換気量が増えることが実験でも確認されており、このことから、意図的に呼吸を整え、換気量を増やすことで、思考作業がはかどることが推定されている。

このような仮説は、新しい動作技能を覚えた後、30分間深く鼻呼吸すると、普通に休んだ時よりよく覚えていて、それが24時間後も続いている実験結果や、鼻呼吸の吸気相で覚えたり思い出させたりすると、口呼吸または呼気相の時より成績がいい実験結果などからも、確認されている。

呼吸を直接測定するのは、下写真に示すような大掛かりなものとなる。

その為、これらの代わりに代用特性として、脈拍や”ブレインマシンインターフェースの活用とOpenBCI“で述べている脳波などが測定される。

呼吸とスポーツ

スポーツでの呼吸の観点としては、エアロビック(負荷が軽い有酸素運動)とアネロビック(負荷強度が強い無酸素運動)がある。

運動する時に、運動し始めには息苦しさを感じ、だんだんと息が上がり、ある時点から落ち着いてくる。この息苦しくなるポイントが換気閾値と呼ばれており、エアロビックな運動とアネロビックな運動はこの換気閾値を境としている。

エアロビックな運動は、最高心拍数(一般的には220-年齢)-安静時心拍数)x(0.5〜0.6)+安静時心拍数で計算される閾値より低い値での運動であり、疲労の指標となる乳酸が溜まり始める境目より低い運動のことを言う。これは例えば40歳で安静時心拍数が70の人であれば、((220-40)-70)x0.5+70=125(拍/分)となる。この心拍数より低い状態で運動すると、体の中では有酸素系エネルギー供給機構で賄え、乳酸もたまらないので、長い時間身体を動かし続けることができる。

この心拍数は、GraminやApple Watchなどの心拍測定機能があるスマートウォッチを使って測定することができる。さらにGPS機能と併用するとランニング中の移動距離とそれぞれの場所での心拍数を同時にとることができる。

換気閾値は、呼吸器系の働きで言うと、運動の質の変化により二酸化炭素排泄量が急増したり、呼吸交換比(二酸化炭素排出量/酸素摂取量)が増加するポイントで、人が持つ最大酸素摂取量の60%の値にあるとも言われている。

運動時に必要なエネルギー(代謝)、あるいは負荷に見合う酸素を供給し、代謝で産生された二酸化炭素を排出する必要がある。最大酸素摂取量はこれらの機能を表す指標となる。

通常時は、受動的・他動的な呼吸が行われているのに対して、運動時には、ある特殊なエネルギー代謝状態を作る必要があり、それらには脳の認知機能が関与した呼吸が行われていることが知られている。つまり運動しているという認知や運動制御とともに、意識的な随意呼吸が行われ換気が活性化されている。この機能は、運動をイメージしたり、催眠術を使って運動を暗示するだけでも活性化されることが知られており、脳の認知機能と大きく関係していることも報告されている。

このような運動時換気亢進には、それぞれの運動特有のリズムに合わせて呼吸を同調することが重要であり、例えばランニングの場合は、4拍子(4歩に1呼吸)や3拍子(3歩に1呼吸)で呼吸し、「吸うを2回吐くを2回」のリズムが理想であると言われている。

また自転車のロードレースの場合、ランニングの場合と異なり、身体の動く周期(ペダリング)に合わせて呼吸するのではなく、息を吐くことに集中し、なるべく深く呼吸するなど、それぞれのスポーツに合わせた呼吸法を習得することが、スポーツトレーニングの重要な要素となる。

まとめ

呼吸は生命の基本的な活動であり、生きていくために必要不可欠な要素であり、身体的、感情的、精神的な健康に直接影響を与えるものとなる。呼吸のトレーニングは日常生活において身体と心の健康を維持し、向上させるための簡単で効果的な方法の一つとなる。

参考図書

呼吸の科学

BREATH 呼吸の科学

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