リーマン最適化
リーマン最適化(Riemannian Optimization)は、通常の最適化手法をリーマン多様体上で行うアプローチとなる。
ここでの多様体とは「局所的には単純だが、全体的には複雑な空間」を表現する数学的な道具であり、例えば、円周は直線のように見えるが、全体的には閉じており、球面は平面に似ているが、端がなく、閉じた構造を持っているもののように、局所的には単純な構造だが、全体で見ると複雑な構造体を表すものとなる。
リーマン多様体とは、この多様体の各点に内積が定義された滑らかな幾何学的構造を持つ空間を指し、これにより、距離や角度といった測度を定義することが可能なものとなる。
このリーマン多様体を、”情報幾何とは何か“で述べている確率分布や統計モデルを幾何学的な空間として捉え、そこに幾何的な構造(距離、曲率、接続など)を導入するアプローチに応用することで、非線形な制約を持つ問題などを効果的に解くことが可能になり、この手法は、数値計算、機械学習、コンピュータビジョン、信号処理などの分野で応用することが可能となる。
リーマン最適化の特徴として以下のようなものがある。
1. 多様体上の最適化: 制約条件が非線形な問題を解く時、多様体に閉じた空間内での最適化を行う必要がある。リーマン最適化では、このような問題を解くために、ユークリッド空間の代わりにリーマン多様体上でアルゴリズムが設計されている。
2. 適用範囲: 特徴的な応用分野には以下が含まれる。
– 固有値問題
– 行列のランク制約
– 低次元埋め込み(例: PCAやLDAの拡張)
– ロバストな機械学習モデル
– 分散クラスタリングやグラフ解析
3. 幾何学的視点: 勾配降下法やニュートン法のような標準的な最適化手法を、多様体の幾何学的構造に適応させる必要がある。特に、勾配は多様体上の接ベクトルとして定義される。
リーマン最適化は以下のような基本概念を用いて実行される。
1. リーマン多様体: 点ごとに定義された接ベクトル空間を持ち、内積が定義されている。この内積を使って距離や角度を測ることができる。
2. リーマン勾配: 通常の勾配を多様体に適応させたもので、制約条件を満たす方向への最適化を可能にする。
3. 射影: ユークリッド空間の勾配を多様体に射影することで、多様体上の制約を満たす解を探索する。
4. 再パラメータ化: リーマン多様体上で動作するために、変数の再パラメータ化が必要になる場合がある。
具体的なアルゴリズムの例としては以下のようなものがある。
リーマン勾配降下法: リーマン多様体上で定義された関数の最適化を目的とするアルゴリズムで、ユークリッド空間の勾配降下法をリーマン多様体の幾何構造に適応させたもの。
- 初期点を多様体上に設定。
- 勾配を計算し、多様体上に射影。
- 更新規則に従って次の点を計算。
- 収束条件を満たすまで繰り返す。
リーマンニュートン法: リーマン多様体上の”ヘッセ行列と正則性について“でも述べているヘッセ行列を用いて、より速い収束を目指すアルゴリズム。
- 勾配とヘッセ行列の計算
- ニュートン方程式の解法
- 再定義(リトラクション)
- 収束判定
- 繰り返し
応用例としては以下のようなものがある。
- 低ランク行列補完: Netflixのようなレコメンデーションシステムでは、部分的なデータから完全な行列を推測する必要がある。ここで低ランク制約が生じ、リーマン最適化が役立つ。
- 機械学習: 特に正規化条件付きの深層学習モデルやテンソル分解モデルで使用される。
- 信号処理と画像処理: アラインメント問題やフィルタリング問題に応用される。
数学的モデル
リーマン最適化の数学的モデルについて述べる。
1. リーマン多様体の定義: リーマン最適化は、リーマン多様体 \( M \) 上で定義される最適化問題を解くための手法で、リーマン多様体 \( M \)は、以下のように定義される。
- 平滑な多様体 \( M \) は、局所的にユークリッド空間に埋め込める幾何学的構造を持つ空間。
- 各点 \( x \in M \) に接ベクトル空間 \( T_xM \) が定義される。
- リーマン多様体では、各点で内積 \( g_x(u, v) \) が定義され、接ベクトル \( u, v \in T_xM \) の間の角度や距離が測定可能なものとなる。
2. 最適化問題の形式化: リーマン最適化の基本的な問題は以下の形式を取る。
\[
\min_{x \in M} f(x)
\]
– \( f: M \to \mathbb{R} \) はリーマン多様体上のスカラー値関数(目的関数)。
– 制約 \( x \in M \) により、探索空間は \( M \) に制限される。
通常のユークリッド空間の最適化では、点 \( x \) をユークリッド空間 \( \mathbb{R}^n \) において探索するが、リーマン最適化では \( x \) は多様体 \( M \) 上に制限される。
3. リーマン勾配とヘッセ行列:
- リーマン勾配:リーマン最適化では、ユークリッド空間での勾配 \( \nabla f \) の代わりに、リーマン多様体上の勾配が用いられる。リーマン勾配 \( \text{grad } f(x) \) は、接空間 \( T_xM \) 上に射影された勾配ベクトルで、射影にはリーマン多様体の構造が必要であり、通常以下のように計算される。
\[
\text{grad } f(x) = P_x(\nabla f(x))
\]
ここで \( P_x \) は接空間への射影演算子。
- リーマンヘッセ行列: リーマンニュートン法などでは、ヘッセ行列のリーマン版が用いられる。これは、勾配ベクトルの接空間内での変化率を記述するものとなる。
4. アルゴリズム
リーマン勾配降下法: リーマン勾配降下法は、通常の勾配降下法を多様体に適応させたものとなる。
1. 初期点 \( x_0 \in M \) を設定。
2. 勾配 \( \text{grad } f(x_k) \) を計算。
3. 接空間内の方向に基づき次の点を計算:
\[
x_{k+1} = R_{x_k}(-\alpha_k \text{grad } f(x_k))
\]
ここで \( R_{x_k} \) は多様体への再マッピング(リトラクション)、\( \alpha_k \) はステップサイズ。
リトラクション: 多様体上で点を更新するために、接空間から元の多様体に再びマッピングする操作。
5. 応用例と数学的モデル化の具体例
例1: 固有値問題: 最大固有値問題はリーマン多様体上で次の形式にモデル化できる。
\[
\max_{\mathbf{x} \in M} \mathbf{x}^\top A \mathbf{x}, \quad \text{where } M = \{\mathbf{x} \in \mathbb{R}^n \mid \|\mathbf{x}\|_2 = 1\}
\]
この場合、リーマン多様体 \( \mathcal{M} \) は単位球面。
例2: 行列低ランク補完: 観測データからランク制約を持つ行列を補完する問題は以下のように定義される。
\[
\min_{X \in M} \|P_\Omega(X – M)\|_F^2, \quad \text{where } M = \{X \in \mathbb{R}^{m \times n} \mid \text{rank}(X) = r\}
\]
ここで、観測されている要素の集合を \( \Omega \)、フロベニウスノルムを \( \| \cdot \|_F \) とする。
実装例
以下に、Pythonでリーマン最適化を実装する例を示す。この実装では、pymanopt
ライブラリを利用している。このライブラリは、リーマン最適化を簡単に扱えるツールとして広く使われるものとなっている。
例: 固有値問題を解く
次の問題を考える。
\[\max_{x\in M}x^TAx,\ where\ M=\{x\in R^n\ |||x||_2=1\}\]
ここで、目標は行列 の最大固有値と対応する固有ベクトルを見つけることになる。
コード例
ライブラリのインストール: 以下のコマンドで pymanopt
をインストールできる。
pip install pymanopt
コード
import numpy as np
from pymanopt import Problem
from pymanopt.solvers import SteepestDescent
from pymanopt.manifolds import Sphere
# 行列 A の定義 (ランダムな対称行列を生成)
np.random.seed(0)
n = 5 # 行列の次元
A = np.random.randn(n, n)
A = (A + A.T) / 2 # 対称行列に変換
# 多様体の定義(単位球面)
manifold = Sphere(n)
# 目的関数の定義
def cost(x):
return -x.T @ A @ x # 最大化なので符号を反転
# 最適化問題の定義
problem = Problem(manifold=manifold, cost=cost)
# ソルバーの選択(最急降下法)
solver = SteepestDescent()
# 最適化の実行
x_opt = solver.solve(problem)
# 結果の表示
print("最大固有値:", -cost(x_opt))
print("対応する固有ベクトル:", x_opt)
実行結果の解釈
- 最大固有値: 上記のコードでは、行列A
の最大固有値が計算される。 - 対応する固有ベクトル: 最大固有値に対応する固有ベクトルが最適化結果として得られる。
コードのポイント
- リーマン多様体の設定:
pymanopt.manifolds.Sphere
を使用して、単位球面(ユークリッド空間内の点集合)を表現する。 - 目的関数: 固有値問題の目標は\(x^TAx\)を最大化することだが、
pymanopt
は最小化問題を解くため、目的関数にマイナス符号を付けている。 - ソルバー:
SteepestDescent
(最急降下法)を使用したが、他にもTrustRegions
(信頼領域法)などが利用可能となる。
参考図書
リーマン最適化やリーマン幾何に関する参考図書を以下に述べる
1. リーマン幾何の基礎
英語の書籍
“Riemannian Geometry”
Author: Manfredo P. do Carmo
A classic introduction to Riemannian geometry. Well-suited for students with a background in differential geometry.
“Introduction to Riemannian Manifolds”
Authors: John M. Lee
Covers fundamental Riemannian geometry topics with a focus on intuition and mathematical rigor.
2. リーマン最適化の理論と応用
“Optimization Algorithms on Matrix Manifolds”
Authors: P.-A. Absil, R. Mahony, R. Sepulchre
内容: リーマン最適化の基礎理論とアルゴリズムを網羅的に解説。行列多様体上での最適化問題に特化しており、応用例も豊富。
“Riemannian Optimization and Its Applications”
Authors: Hiroyuki Sato
内容: リーマン最適化の理論から実際の計算アルゴリズム、応用分野(機械学習、テンソル分解など)を解説。
3. 応用と数値計算
“Manifold Learning Theory and Applications”
Authors: Yunqian Ma, Yun Fu
内容: リーマン幾何を機械学習やデータ解析に応用する方法を解説。
“Matrix Computations”
Author: Gene H. Golub, Charles F. Van Loan
内容: 数値線形代数を中心に、リーマン最適化で必要となる計算手法(行列分解、固有値計算など)を扱う。
4. 機械学習・深層学習での応用
“Geometric Deep Learning: Grids, Groups, Graphs, Geodesics, and Gauges”
“Information Geometry and Its Applications”
Authors: Shun-ichi Amari
内容: 情報幾何と最適化の関連を解説。リーマン多様体と情報理論を組み合わせた応用を含む。
5. オンラインリソース
論文
“Optimization Technique on Riemannian Manifolds”
Pythonでの実装ガイド
`pymanopt`ライブラリの公式ドキュメントには、リーマン最適化の実装例やアルゴリズムが記載されている。
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