ニュートン法の導関数の計算における数値微分の代替手法について
ニュートン法では、関数\(f(x)\)の根を求めるために導関数\(f'(x)\)を用いるが、解析的に導関数を求めるのが難しい場合や、関数が数値的にしか与えられていない場合には、数値微分の代替手法を考える必要がある。
標準的な方法として、有限差分を使って導関数を近似することが考えられ、よく使われるのは以下の手法となる。
(1) 前進差分:\[f'(x)\approx\frac{f(x+h)-f(x)}{h}\]
計算コストは低いが、誤差が\(O(h)\)となり精度が低い。(2) 後退差分:\[f'(x)\approx\frac{f(x)-f(x-h)}{h}\]前進差分と同様に誤差が\(O(h)\)である。
(3) 中心差分:\[f'(x)\approx\frac{f(x+h)-f(x-h)}{2h}\]誤差が\(O(h^2)\)であり、前進・後退差分よりも精度が高い。
選択のポイントは以下のようなものとなる。
- 中心差分が一般的に精度が高いため、計算コストが許容できる場合は推奨される。
- \(h\)の選択は精度と丸め誤差のバランスを考慮する必要がある(典型的には\(h\approx\sqrt{\epsilon}\))
数値微分よりも精度が高く、解析的微分よりも計算が簡単な手法として、自動微分 (AD) を利用することもできる。
- 前向きモード (Forward Mode) AD: 計算グラフを前向きに評価しながら導関数を求める。シンプルな関数では効率的だが、多変数関数の計算には向かない。
- 逆向きモード (Reverse Mode) AD: 主にニューラルネットワークなど高次元入力の関数で用いられ、勾配降下法などに応用される。計算コストは高いが、高次元の問題では有効。
この手法のメリット・デメリットとしては以下のようなものがある。
- メリット
- 数値微分と異なり、丸め誤差を抑えられる。
- 解析的微分を手で計算する必要がない。
- デメリット
- 実装にはツールが必要(TensorFlow, PyTorch, JAX などが対応)。
導関数を直接求めずに最適化問題を解く手法として、以下の方法もある。
- 割線法 (Secant Method):
- ニュートン法の導関数を有限差分で近似する方法。
- 収束はやや遅いが、導関数の計算が不要。
- 更新式\[x_{n+1}=x_n-\frac{f(x_n)(x_n-x_{n-1})}{f(x_n)-f_{n-1})}\]
- ブレント法 (Brent’s Method):
- 割線法と放物線補間、二分法を組み合わせた手法。
- 導関数を必要とせず、非常に頑健。
導関数を明示的に求めずに、ヘッセ行列の近似を用いる方法。代表的なアルゴリズムとして以下がある。
- BFGS (Broyden-Fletcher-Goldfarb-Shanno) 法
- ヘッセ行列を近似的に更新しながら解を求める。
- 大規模最適化問題では制約のある L-BFGS が一般的。
これらをまとめると以下のようになる。
- 高精度な数値微分を使うなら 中心差分。
- 丸め誤差を抑え、解析微分の代替とするなら 自動微分。
- 導関数を求めずに収束を図るなら 割線法やブレント法。
- 大規模最適化なら BFGS などの準ニュートン法。
実装例
それぞれの手法について、Pythonでの実装例を示す。
1. 差分近似による数値微分
(1) 中心差分を使ったニュートン法
import numpy as np
def f(x):
return x**3 - 2*x - 5 # 例:f(x) = x^3 - 2x - 5
def derivative(f, x, h=1e-5): # 中心差分
return (f(x + h) - f(x - h)) / (2 * h)
def newton_method(f, x0, tol=1e-6, max_iter=100):
x = x0
for _ in range(max_iter):
f_x = f(x)
df_x = derivative(f, x) # 数値微分
if abs(f_x) < tol:
return x
x -= f_x / df_x
return x
x0 = 2 # 初期値
root = newton_method(f, x0)
print(f"近似解: {root:.6f}")
2. 自動微分 (Autograd)
Pythonの autograd
ライブラリを使って自動微分を行う。
import autograd.numpy as np
from autograd import grad
def f(x):
return x**3 - 2*x - 5
df = grad(f) # 自動微分
def newton_autograd(f, df, x0, tol=1e-6, max_iter=100):
x = x0
for _ in range(max_iter):
f_x = f(x)
df_x = df(x) # 自動微分で導関数を計算
if abs(f_x) < tol:
return x
x -= f_x / df_x
return x
x0 = 2
root = newton_autograd(f, df, x0)
print(f"近似解 (自動微分): {root:.6f}")
3. 割線法
def secant_method(f, x0, x1, tol=1e-6, max_iter=100):
for _ in range(max_iter):
f_x0, f_x1 = f(x0), f(x1)
if abs(f_x1) < tol:
return x1
x_new = x1 - f_x1 * (x1 - x0) / (f_x1 - f_x0) # 割線法の更新式
x0, x1 = x1, x_new
return x1
x0, x1 = 2, 3
root = secant_method(f, x0, x1)
print(f"近似解 (割線法): {root:.6f}")
4. SciPy の fsolve
(内部で準ニュートン法を使用)
SciPyの fsolve
は、解析的な導関数を与えなくても解を求められる。
from scipy.optimize import fsolve
root = fsolve(f, 2)[0]
print(f"近似解 (SciPy fsolve): {root:.6f}")
適用事例
ニュートン法の導関数の計算を数値微分や他の手法で代替するのは、特に以下のような状況で有効となる。
1. 実験データからのルート探索(数値微分)
事例:センサーで取得したデータのゼロ点を求める
状況:
- 物理センサー(温度、圧力、流量など)からの測定データがあるが、解析的な関数が不明。
- 実験データに基づいて、特定の値(例えば圧力がゼロになる点)を求めたい。
適用方法:
- 実験データから補間関数を作成し、数値微分(中心差分)を使ってニュートン法を適用する。
実装例(NumPy + SciPy)
import numpy as np
from scipy.interpolate import interp1d
from scipy.optimize import newton
# 実験データ(圧力センサーデータの例)
x_data = np.array([0, 1, 2, 3, 4, 5])
y_data = np.array([-5, -3, 1, 6, 14, 25]) # f(x) の値
# 補間関数を作成
f_interp = interp1d(x_data, y_data, kind='cubic')
# 数値微分(中心差分)
def derivative(f, x, h=1e-5):
return (f(x + h) - f(x - h)) / (2 * h)
# ニュートン法の適用
root = newton(f_interp, x0=1.5, fprime=lambda x: derivative(f_interp, x))
print(f"ゼロ点の近似解: {root:.6f}")
ポイント:
- 実験データを補間関数に変換し、数値微分を使ってニュートン法を適用。
- 解析的な導関数を知らなくても、ゼロ点を求められる。
2. 最適ポリシーの計算(自動微分)
事例:強化学習における方策の最適化
状況:
- 強化学習 (Reinforcement Learning, RL) の方策関数\(\pi_{\theta}(x)\)のパラメータ\(\theta\)を更新するとき、勾配計算が必要。
- 複雑な関数のため、解析的に導関数を求めるのが困難。
適用方法:
- PyTorchの自動微分 (
autograd
) を使って、ニュートン法を適用。
実装例(PyTorch)
import torch
# 方策関数の例(Softmax 形式)
def policy(theta):
return torch.log(1 + torch.exp(-theta)) # 例: シグモイド関数のような形
# PyTorch の自動微分
theta = torch.tensor(2.0, requires_grad=True)
for _ in range(10): # ニュートン法の反復
loss = policy(theta)
loss.backward() # 自動微分で導関数を計算
with torch.no_grad():
theta -= loss / theta.grad # ニュートン法の更新
theta.grad.zero_() # 勾配のリセット
print(f"最適な θ: {theta.item():.6f}")
ポイント:
- PyTorch の
autograd
を使い、解析的に微分せずに最適化。 - 強化学習や機械学習の分野で広く利用される手法。
3. 電力システムの負荷フロー解析(割線法)
事例:送電網の電圧解析
状況:
- 電力システムでは、電圧\(V\)を求める非戦形式\(f(V)=0\)を解く必要がある。
- 導関数の解析的な計算が困難なため、割線法を使用する。
適用方法:
- 割線法を使い、電圧\(V\)の解を求める。
実装例
def power_flow(V):
return V**3 - 10*V + 5 # 例: 電力システムの非線形方程式
def secant_method(f, x0, x1, tol=1e-6, max_iter=100):
for _ in range(max_iter):
f_x0, f_x1 = f(x0), f(x1)
if abs(f_x1) < tol:
return x1
x_new = x1 - f_x1 * (x1 - x0) / (f_x1 - f_x0) # 割線法の更新式
x0, x1 = x1, x_new
return x1
x0, x1 = 0, 2 # 初期値
root = secant_method(power_flow, x0, x1)
print(f"電圧の近似解: {root:.6f}")
ポイント:
- 導関数なしで非線形方程式を解くことができる。
- 電力系統解析で実用的。
4. AI モデルの逆問題解析(SciPy の fsolve)
事例:ニューラルネットワークの出力を特定の値にする入力を求める
状況:
- あるニューラルネットワーク\(f(x)\)の出力が\(y=0.5\)となる入力\(x\)を求める逆問題。
- 微分が難しいため、
scipy.optimize.fsolve
を使う。
適用方法:
fsolve
を使って求解。
実装例
from scipy.optimize import fsolve
def neural_network_output(x):
return np.tanh(x) - 0.5 # 例: tanh関数の出力が 0.5 となる x を求める
root = fsolve(neural_network_output, 1.0)[0]
print(f"求めた入力: {root:.6f}")
ポイント:
fsolve
を使うと、複雑な関数の逆問題も解きやすい。- ニューラルネットワークの制御や調整に活用できる。
参考図書
ニュートン法の導関数計算の代替手法(数値微分・自動微分・割線法など)の参考図書について述べる。
1. 数値解析・数値微分に関する書籍
『数値計算の常識』
- “
- 著者: Richard L. Burden, J. Douglas Faires
- 出版社: Cengage Learning
- 内容: 数値微分、ニュートン法、割線法、非線形方程式の解法について詳しく解説。グローバルな標準書。
2. 自動微分(Autograd)に関する書籍
『Mathematics for Machine Learning』
- 著者: Marc Peter Deisenroth, A. Aldo Faisal, Cheng Soon Ong
- 出版社: Cambridge University Press
- 内容: 自動微分の理論的背景と、機械学習への応用を含む。
『Hands-On Machine Learning with Scikit-Learn, Keras, and TensorFlow』
- 著者: Aurélien Géron
- 出版社: O’Reilly Media
- 内容: TensorFlow の
autograd
を用いた最適化と勾配降下法の解説を含む。
3. 最適化・非線形方程式の解法
- Introduction to Mathematical Optimisation.
- ‘Introduction to Numerical Methods’
- 『Convex Optimization』
4. Pythonを使った数値計算・数値解析
- “
コメント
[…] ニュートン法の導関数の計算において数値微分の代わりに解析的な導関数を使用する方法。高次導関数を計算するのに特に役立つ。詳細は”ニュートン法の導関数の計算における数値微分の代替手法について“を参照のこと。 […]