量子もつれ
量子もつれは、2つ以上の粒子が非常に強く結びついた状態であり、空間的にどれだけ離れていても、互いの状態が瞬時に相関する現象となる。
より直感的に考えるために、2つの量子コイン(AとB)がもつれ状態にあると仮定したケースを考えると、量子もつれの現象は以下のように説明される。
-
もつれた状態: コインAとコインBは常に反対の結果になるような状態に設定されている。
-
観測の瞬間: 地球でコインAを投げて「表」が出た場合、たとえ月でコインBを観測しても必ず「裏」が出る。
-
重ね合わせ: ただし、コインを投げるまでは、AとBの両方が「表」と「裏」の重ね合わせ状態にあり、それが観測によって初めて確定される。
このような現象は、一見すると情報が光速を超えて伝わるように見え、アインシュタインの提案した「情報の伝搬は光速を超えることはできない」という相対性理論の原理に反するように感じられる。(1935年にアインシュタイン、ポドルスキー、ローゼンによって提起されたEPRパラドックス)
これに対して、1964年にジョン・ベルは量子もつれに対する隠れ変数理論の限界を示すベルの不等式を提案し、これらのパラドックスが存在しないことを証明している。ベルの不等式は、以下のように表される。
∣E(a,b)+E(a,b′)+E(a′,b)−E(a′,b′)∣≤2
この不等式は、古典的な物理学の範囲内で測定される相関の限界を示しており、1980年代にアラン・アスペらが行った光子の偏光を用いた量子もつれ実験で、この限界(2)を大幅に超える約2.828という結果が観測され、量子力学の予測が正しいことが実証されている。
情報伝達における因果と確率的相関の違い
アラン・アスペらの実験で実証された量子もつれの相関は、測定の瞬間に確定されるもので、その結果はあくまで確率的であり、観測するまで確定しない。そのため、実際には情報が伝達されるわけではなく、単に統計的な相関が同時に観測されるに過ぎないとうことになり、このことから因果を前提としたEPRパラドックスはないということが証明されている。
情報の伝達とは、送信(原因)が受信(結果)を引き起こす因果のプロセスであると言うこともできる。これは、電波や光ファイバーを通じた古典的な通信において、信号が物理的な媒体を通じて伝わる際に、送信と受信の時間的順序が明確であることに基づいている。この過程では、信号の伝播速度は光速以下でなければならず、因果律が成立している。すなわち、原因が結果に先行する一方向の情報の流れとなる。
一方、量子もつれは、2つ以上の量子が互いに相関した状態にある現象であり、これ自体は因果関係とは異なった双方向の情報の流れとなる。もつれた量子間で観測されるのは、測定結果の相関であり、因果的な情報伝達ではない。
この違いは、量子もつれで現れる相関は単に2つの事象が統計的に関係していることを示し、その間に原因と結果の関係があることでないということを示している。
量子もつれと波動関数の崩壊
この量子もつれは、量子力学の根本的な性質である粒子の状態を表す波動関数の特性に基づいて説明される。
波動関数は粒子の位置や運動量などの確率分布を表すもので、その絶対値の2乗が粒子がある特定の位置に存在する確率密度を示す。
この確率密度の世界では、粒子は、観測されるまで複数の異なる状態が重ね合わさった状態にあり、同時に異なる場所に存在する可能性があるとされる。この確率的存在は、観測後に、一つの固有状態にに収束し、この現象は波動関数の崩壊と呼ばれるものとなる。
量子もつれは、2つ以上の粒子が相互に結びついた1つの結合した波動関数によって記述され、この波動関数は、Aの状態が確定すればBの状態も瞬時に決まる非局所的な相関を含んでいる。
確率変数の相関と共分散
量子もつれのような2つの確率変数の関係性を定量化する統計的な指標として、共分散(Covariance)と呼ばれるものが利用される。
共分散は、2つの確率変数の関係性を定量化する統計的な指標で、主に変数間の連動性や相関の強さを表し、以下のように定義される。\[Cov(X,Y)=\mathbb{E}[(X-\mathbb{E}[X])(Y-\mathbb{E}[Y])]\]または、\[Cov(X,Y)=\mathbb{E}[XY]-\mathbb{E}[X]\mathbb{E}[Y]\]
ここで、
- \(\mathbb{E}[X]\)はXの期待値(平均)
- \(\mathbb{E}[Y]\)はYの期待値(平均)
- \(\mathbb{E}[XY]\)はXとYの同時期待値
となる。
共分散には以下の3つの主要なパターンがある。
1. 正の共分散(Cov(X, Y) > 0): 2つの変数が同じ方向に変動する場合、共分散は正の値をとる。これはたとえば、気温とアイスクリームの売上のようなケースで、気温が上がるとアイスクリームの売上も増加する傾向のようなものとなる。
2. 負の共分散(Cov(X, Y) < 0): 2つの変数が逆方向に変動する場合、共分散は負の値をとる。これはたとえば、降水量と野外イベントの参加者数のようなケースで、雨が多くなると参加者数が減少する傾向があるようなものとなる。
3. ゼロ共分散(Cov(X, Y) = 0): 2つの変数が独立している場合、共分散はゼロになる。これは、片方の変数の変動がもう片方に全く影響を与えない、もしくは全体として相殺されている場合に発生する。ただし、共分散がゼロだからといって必ずしも変数が統計的に独立であるとは限らない。独立でない場合でも、全体の相関が打ち消されることで共分散がゼロになることがある。
以下に2つの変数の共分散を計算した例を示す。
データセット:X=[1,2,3,4,5]、Y=[2,4,6,8,10]を考えた時
これらの変数の平均は
E[Y]=2+4+6+8+105=6
共分散は次のように計算される。
Cov(X,Y)=15∑i=15(Xi−3)(Yi−6)
計算結果:
Cov(X,Y)=15[(1−3)(2−6)+(2−3)(4−6)+(3−3)(6−6)+(4−3)(8−6)+(5−3)(10−6)] =15[8+2+0+2+8]=205=4
この場合、共分散は正の値4であり、これは2つの変数が同じ方向に変動することを示している。
この共分散を正規化したものが相関係数で、以下のように表される。\[Corr(X,Y)=\frac{Cov(X,Y)}{\sqrt{Var(X)\cdot Var(Y)}}\]
量子もつれは、この共分散を行列の形で表したもので表現される。
共分散の応用例
共分散は、以下のようなさまざまな分野で広く応用されている。
1. ポートフォリオ理論(金融工学)
背景: 金融ポートフォリオのリスク管理において、異なる資産間の共分散はリスクを分散する上で重要となる。異なる資産の共分散が低い(または負)ほど、リスクが分散されやすくなる。
例: 株Aと株Bのリターンが以下のようなデータの場合:
-
-
株Aのリターン:5%,7%,3%,6%,4%
-
株Bのリターン:2%,3%,1%,4%,2%
-
共分散は次のように計算される。
Cov(A,B)=1N∑i=1N(Ai−Aˉ)(Bi−Bˉ)
import numpy as np
A = [5, 7, 3, 6, 4]
B = [2, 3, 1, 4, 2]
cov_matrix = np.cov(A, B, bias=True)
print(cov_matrix)
2. 主成分分析(PCA)
背景: 多次元データを少数の主要な軸(主成分)に圧縮し、可視化や分類に利用する手法。共分散行列の固有ベクトルと固有値を用いて次元を削減する。
例: 画像データや音声データの次元削減に使われる。
from sklearn.decomposition import PCA
import numpy as np
# サンプルデータ(2次元)
data = np.array([[2.5, 2.4], [0.5, 0.7], [2.2, 2.9], [1.9, 2.2], [3.1, 3.0], [2.3, 2.7], [2.0, 1.6], [1.0, 1.1], [1.5, 1.6], [1.1, 0.9]])
# PCAの実行
pca = PCA(n_components=2)
pca.fit(data)
print("共分散行列:")
print(np.cov(data.T))
print("\n主成分:")
print(pca.components_)
3. 信号処理(音声・画像)
背景: 信号間の相関を捉えるために共分散行列が用いられる。特に、ノイズ除去やデータ圧縮に利用される。
例: 音声信号のフィルタリングや画像のノイズリダクション。
import numpy as np
from scipy.io import wavfile
# 音声データの読み込み
rate, data = wavfile.read("sample.wav")
# 共分散行列の計算
cov_matrix = np.cov(data.T)
print(cov_matrix)
4. レコメンドシステム
背景: ユーザーの評価データ間の共分散を使って、似た嗜好を持つユーザーを見つけることができる。
例: 映画のレコメンドシステムで、ユーザーAとユーザーBの評価履歴の共分散に基づいて、類似度を計算する。
5. 量子もつれの判定(量子情報理論)
背景: 量子ビット間のもつれを評価する際に共分散行列が用いられる。これは、量子状態がもつれ状態にあるかどうかを確認する方法の1つとなる。
例: 2つの量子ビットの共分散行列を計算し、部分転置の正定値性をチェックする。
6. 画像認識(コンピュータビジョン)
背景: 画像の特徴量抽出やパターン認識にも共分散が利用される。
例: 顔認識アルゴリズム(Eigenface)での共分散行列の使用。
7. 時系列解析
背景: 異なる時間での観測データ間の関係性を解析するために使われる。
例: 気温と湿度、株価の動き、為替レートの変動など。
共分散は、単に2つの変数間の関係を捉えるだけでなく、データの圧縮や異常検知、信号処理、量子力学のもつれ状態の解析など、非常に広範な応用範囲を持っている。
参考図書
量子もつれと共分散に関連する理論および応用に関する参考図書を以下に示す。
1. 基礎理論に関する書籍
量子力学の基礎
-
Authors: Richard P. Feynman, Albert R. Hibbs
-
Publisher: Dover Publications
-
Overview:
-
量子力学の基礎から学べる一冊。
-
特に、確率振幅と波動関数の概念が詳しく解説されているため、量子もつれの理解に役立ちます。
-
量子情報理論の入門書
-
Authors: Michael A. Nielsen, Isaac L. Chuang
-
Publisher: Cambridge University Press
-
Overview:
-
量子計算と量子情報の基本概念を解説。
-
量子もつれ、量子テレポーテーション、ベルの不等式などに触れています。
-
2. 共分散と量子もつれの関連書籍
量子情報科学における共分散行列
ガウス量子情報と共分散
3. 実践的な応用と計算方法
量子計算アルゴリズムと共分散行列
-
Authors: Richard J. Lipton, Kenneth W. Regan
-
Publisher: MIT Press
-
Overview:
-
量子アルゴリズムの数値的手法を解説。
-
特に、共分散行列を使った量子状態の解析やベル不等式の検証に役立つ。
-
量子もつれの実験的検証
-
Authors: Serge Haroche, Jean-Michel Raimond
-
Publisher: Oxford University Press
-
Overview:
-
量子もつれの実験的証明に焦点を当てた書籍。
-
共分散行列の具体的な計算手法や実験での誤差解析についても解説。
-
4. 重要な論文
ベル不等式と共分散
-
Title: Bell’s Theorem, Quantum Theory and Conceptions of the Universe
-
Authors: M. Kafatos
-
Publisher: Springer
-
Overview:
-
ベルの不等式と量子もつれを共分散行列の観点から解釈。
-
非局所性と古典確率論の違いを理論的に検証。
-
連続変数の量子もつれ
-
Title: Entanglement Criteria for Continuous Variable Systems
-
Authors: R. Simon
-
Journal: Physical Review Letters
-
Overview:
-
共分散行列を使ったもつれ判定基準を提案。
-
PPT基準(部分転置基準)の数学的証明を含む。
-
5. 数値シミュレーション
Pythonでの量子計算
コメント