マルチエージェントと聞くと、
多くの人はこう期待する。
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エージェント同士が話し合い
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意見をすり合わせ
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最終的に合意に至る
そして、その合意が
最適な判断であるはずだ、と。
だが、ここに重大な誤解がある。
合意しないマルチエージェントは、
本当に失敗なのか?
合意をゴールに置いた瞬間、何が起きるか
合意を成功条件にすると、
マルチエージェントは必ずこう振る舞う。
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意見を丸める
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強い主張を弱める
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反対を避ける
結果として生まれるのは、
誰も強く反対しないが、
誰も強く責任を持たない結論
だ。
これは人間の会議でも、
よく見覚えがあるはずだ。
合意は「正しさ」を保証しない
重要な事実がある。
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合意は形成できる
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だが、それが正しいとは限らない
むしろ複雑な問題ほど、
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合意しやすい解は浅い
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合意しにくい解に本質がある
という逆転が起きる。
マルチエージェントの価値は「一致」ではない
マルチエージェントの本当の価値は、
異なる前提・価値・役割が、
同じ問題にぶつかること
にある。
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財務の視点
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現場の視点
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リスクの視点
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長期戦略の視点
これらは、
簡単には一致しない。
一致しないからこそ、
世界の構造が露出する。
合意不成立とは、何が起きている状態か
合意が成立しないとき、
内部では次のことが起きている。
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評価関数が衝突している
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前提のオントロジーがズレている
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停止条件が異なっている
つまり、
判断の前提が一致していない
という事実が、
はっきり可視化されている。
これは失敗ではない。
極めて価値の高い状態だ。
合意不成立を「エラー」にすると、判断は消える
多くのシステムでは、
合意しないとこう扱われる。
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タイムアウト
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デフォルト解にフォールバック
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多数決で強制決着
この瞬間、
なぜ合意できなかったのか
という最も重要な情報が、
すべて失われる。
衝突ログとは何か
ここで、
発想を切り替える。
合意しなかった結果を、
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失敗
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ノイズ
として捨てるのではなく、
衝突ログ(conflict log)
として保存する。
衝突ログには、
次のような情報が含まれる。
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どの評価軸が衝突したか
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どの前提が噛み合わなかったか
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どこで議論が止まったか
これは、
世界が単純でないことの記録
だ。
衝突ログは「判断設計」の原材料である
これまでのブログの記事を思い出してほしい。
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評価関数は価値観だった
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確率は曖昧さを保持すべきだった
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例外は健全性の証だった
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停止条件は外在化すべきだった
衝突ログは、
これらすべてが同時に露出する場所だ。
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どこに例外が集中しているか
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どこで判断が止まるべきか
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どの価値が言語化されていないか
が、一気に見える。
合意しないマルチエージェントの正しいゴール
では、
ゴールは何か。
それは、
合意することではない。
合意できなかった理由を、
失わずに残すこと
だ。
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合意してもよい
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しなくてもよい
だが、
なぜ一致しなかったかは、
必ず成果として残す
これが設計の分かれ目になる。
人間に戻すべきなのは「結論」ではない
重要なポイントがある。
人間に戻すべきなのは、
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結論そのもの
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最終的なYes / No
ではない。
対立している構造そのもの
だ。
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ここが噛み合っていない
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ここは価値観の衝突だ
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ここは世界の切り分けが違う
これを渡されて、
人は初めて判断できる。
まとめ
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合意は成功条件ではない
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合意不成立は構造が見えている状態
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マルチエージェントの価値は衝突にある
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衝突ログは最重要の成果物である
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判断は、衝突を見た人間が引き受ける
AI時代の知性は、
きれいな合意を作ることではない。
合意できなかった理由を、
誰も消さずに残すこと
それができるマルチエージェントは、
失敗していない。
むしろ、
最も誠実に世界と向き合っている。
マルチエージェント技術に関する技術的なアプローチは”人工生命とエージェント技術“や”multi-agent-orchestration-design“も参照のこと。

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