非メトリックMDS(Non-metric Multidimensional Scaling)の概要
非メトリックMDSは、データの類似性や非類似性(しばしば「順序データ」や「ランキング」として与えられる)を基に、データを低次元空間に埋め込む手法となる。”メトリックMDSの概要とアルゴリズム及び実装例“で述べているメトリックMDSが距離(例えばユークリッド距離)の絶対的な値を保持しようとするのに対し、非メトリックMDSはデータの「順序関係」を優先して保持するものとなる。
非メトリックMDSの特徴としては以下のようなものがある。
- 順序を重視: 入力として与えられるのは距離行列ではなく、類似性や順序情報となる。よって、データ間の順位(例: 一番近いデータ、一番遠いデータ)を保つことに主眼を置く。
- 非線形スケーリング: 入力データの順序関係を満たすように、非線形変換を適用することが可能となる。
- 柔軟性: 距離そのものが計算できない場合や、データがランキング形式で与えられる場合に特に有用となる。
非メトリックMDSの目標は、入力データ間の「類似性」または「非類似性」の順序を保ちながら、低次元空間でそれを表現することであり、入力は、データ間の類似性や順序を示す値(非負)出力は、データを低次元空間(通常は2次元または3次元)に配置する座標となる。
非メトリックMDSは以下のように進行する。
- データ間の非類似性を順序として記録(例: 小さい順)。
- 順序関係が満たされるように、低次元空間で点を配置。
- 配置の最適化にはストレス関数と呼ばれる評価指標を最小化する手法が用いられる。
非メトリックMDSの最適化には、一般的に次のようなアルゴリズムが用いられている。
1. ストレス関数の定義: ストレス関数は、入力データの順序と低次元空間の距離の一致度を評価する。例: Shepardダイアグラムを用いた評価。
2. 反復最適化: 入力データの順序に基づいて初期配置を生成し、ストレス関数を反復的に最小化して最適配置を求める。通常、非線形な最適化手法(例えばSMACOFアルゴリズム)が使用される。
メトリックMDSとの違いを以下にまとめる。
項目 | メトリックMDS | 非メトリックMDS |
入力データの性質 | 距離(絶対値) | 順序やランキング |
データの精度 | 数量的な正確さを重視 | 順序の正確さを重視 |
距離モデル | ユークリッド距離などの明確な距離尺度を仮定 | 非線形な尺度も適用可能 |
使用場面 | 明確な距離データが存在する場合 | 距離が曖昧、または順序情報しかない場合 |
非メトリックMDSは、特に「データの順序」自体が重要な場合に威力を発揮する。そのため、心理学やマーケティングの研究で特によく利用されるアプローチとなる。
関連するアルゴリズム
非メトリックMDS(Non-metric Multidimensional Scaling)に関連するアルゴリズムとして、以下のいくつかの手法がある。これらは、データの順序関係や類似性を基に低次元空間への埋め込みを行う際に使用されている。
1. SMACOF(Scaling by Majorizing a Complex Function)アルゴリズム
概要: “SMACOF(Scaling by Majorizing a Complex Function)の概要とアルゴリズム及び実装例“で述べているSMACOFは、非メトリックMDSの最も広く使用されている最適化アルゴリズムで、ストレス関数を最小化するために反復的にデータポイントを移動させる手法となる。最小化問題は、順序的な距離の一致度を測るために反復的に解かれる。
主な特徴:
– ストレス関数の最小化: ストレス関数は、低次元空間の配置と順序情報との一致度を評価する。
– 効率的な最適化: 非線形の最適化手法を使用し、適切な解を探索する。
– 計算コスト: 多次元空間での最適化は計算コストが高いことがあるが、収束速度が比較的速い。
2. Shepard’s Method
概要: “Shepard’s methodの概要とアルゴリズム及び実装例“で述べているShepard’s methodは、非メトリックMDSで初期配置を生成するために使用される方法の一つで、入力距離が順序的に与えられている場合に、その順序を維持しつつ配置を作成するものとなる。
主な特徴:
– 距離推定: 与えられた順序情報を基に初期配置を推定する際、近似的に距離関係を満たすように配置する。
– 直接的な最適化: 順序情報を直接的に反映させ、最適化を行う。
3. バイアス修正法(Bias Correction Method)
概要: “非メトリックMDSでのバイアス修正法(Bias Correction Method)の概要とアルゴリズム及び実装例“で述べている非メトリックMDSでは、測定されるデータ間の順序関係が不完全な場合がある。このような場合、バイアス修正法を用いて最適化を行うことで、データの順序がより正確に保持されるようにしている。
主な特徴:
– 順序のバイアス修正: 順序関係が崩れている部分を修正し、データの誤差を最小限に抑える。
– 補正手法: 非線形最適化技術を利用して、データの配置を改善する。
4. 自己組織化マップ(SOM)
概要:”自己組織化マップ(SOM)の概要とアルゴリズム及び実装例”で述べている自己組織化マップ(SOM)は、データの多次元空間を2Dグリッドにマッピングするニューラルネットワークベースの手法だが、非メトリックMDSに似たアプローチで類似性を保持しつつデータを配置するためにも利用できる。
主な特徴:
– データのクラスタリング: SOMはデータをクラスタリングし、クラスター間の距離を反映するように低次元空間にマッピングする。
– 順序保持: データ間の相対的な距離や順序を維持することができる。
5. t-SNE(t-Distributed Stochastic Neighbor Embedding)
概要: “t-SNE (t-distributed Stochastic Neighbor Embedding)について“でも述べているt-SNEは、非メトリックMDSとは異なるが、類似の目的を持つ次元削減手法で、特に、データ間の類似性を確保しつつ、低次元空間への埋め込みを行うものとなる。t-SNEは、確率的な距離関数を使用し、データの局所的な構造を維持している。
主な特徴:
– 確率的アプローチ: データ間の類似性を確率分布として捉え、低次元空間に配置する。
– 局所的構造の保持: 非線形に近いデータ間の関係を保持する。
– 可視化: 主に高次元データの可視化に用いられ、非メトリックMDSのように順序の関係を視覚化する。
6. ISOMAP
概要: “ISOMAP(Isometric Mapping)の概要とアルゴリズム及び実装例“で述べているISOMAPは、非線形次元削減手法で、データ間のジオデシック距離(空間的な最短経路)を計算し、それを基に低次元空間に埋め込む方法で、非メトリックMDSと異なり、距離の構造が維持されることが特徴となる。
主な特徴:
– 非線形の次元削減: 非線形のデータ構造を効率的に低次元空間にマッピングする。
– ジオデシック距離: メトリックに基づく距離を使い、順序を保ちながらデータを配置する。
7. 局所線形埋め込み(LLE: Local Linear Embedding)
概要: “LLE (Locally Linear Embedding)について“でも述べているLLEは、非線形の次元削減手法で、局所的な線形関係を保ちながらデータを低次元空間に埋め込む方法で、これも、非メトリックMDSに似て、データ間の類似性や距離関係を反映させることができるものとなる。
主な特徴:
– 局所的な線形性の保持: 高次元空間での局所的な線形構造を低次元空間に保つ。
– 非線形構造の捉え方: 非線形のデータ構造を低次元で表現します。
実装例
非メトリックMDS(Non-metric Multidimensional Scaling)の実装例として、Pythonでscikit-learn
ライブラリを使用した、簡単なデータセットに対する非メトリックMDSの適用例を示す。
非メトリックMDSの実装例(Python)
必要なライブラリのインストール: まず、scikit-learn
をインストールしていない場合、以下のコマンドでインストールする。
pip install scikit-learn
実装コード: 以下のコードでは、scikit-learn
のMDS
クラスを使用して、非メトリックMDSを適用している。
import numpy as np
import matplotlib.pyplot as plt
from sklearn.manifold import MDS
from sklearn.metrics import pairwise_distances
# サンプルデータ(任意のデータセット)
# ここでは4つのデータポイント間の距離行列を仮定する
data = np.array([
[0, 1, 2],
[1, 0, 3],
[2, 3, 0],
[3, 2, 1]
])
# データ間のユークリッド距離を計算
distances = pairwise_distances(data, metric='euclidean')
# 非メトリックMDSの適用
# dissimilarity='precomputed'で、既に計算した距離行列を使うことを指定
mds = MDS(n_components=2, dissimilarity='precomputed', n_init=4, max_iter=300)
embedding = mds.fit_transform(distances)
# 結果の表示
plt.figure(figsize=(6, 6))
plt.scatter(embedding[:, 0], embedding[:, 1], color='blue')
# 各ポイントにラベルを付ける
for i, (x, y) in enumerate(embedding):
plt.text(x, y, f'Point {i+1}', fontsize=12, ha='right')
plt.title("Non-metric MDS Example")
plt.xlabel("Dimension 1")
plt.ylabel("Dimension 2")
plt.grid(True)
plt.show()
embedding
には、2次元空間に埋め込まれたデータポイントが格納される。plt.scatter
で埋め込まれたデータポイントをプロットし、plt.text
でラベルを付けている。
実行結果: このコードを実行すると、非メトリックMDSによって計算された2次元空間に、4つのデータポイントが可視化される。データ間の順序関係を維持しつつ、2次元空間にプロットされるため、データ間の相対的な類似性や距離感が反映された配置になる。
非メトリックMDSのパラメータ
n_components
: 埋め込む次元数。通常は2次元または3次元に埋め込むことが一般的。dissimilarity
: 距離行列の種類を指定。'precomputed'
は距離行列が事前に計算されている場合に使用する。n_init
: 初期配置の試行回数。最適化を複数回試行し、最良の結果を選択する。max_iter
: 最適化の最大反復回数。
参考
- このコード例は、非メトリックMDSの最も基本的な実装。データの性質や目的に応じて、入力データやパラメータを変更することで、さまざまな用途に対応することができる。
scikit-learn
のMDS実装は、非メトリックMDSの最適化においてSMACOFアルゴリズムを使用している。
適用事例
非メトリックMDS(Non-metric Multidimensional Scaling)は、データ間の順序関係や類似性を低次元空間に埋め込む手法であり、特に人間の主観的な評価や非線形な関係を扱う際に有効なものとなる。以下に、具体的な適用事例について述べる。
1. 心理学・マーケティングにおける消費者の嗜好分析
背景: 消費者の製品に対する嗜好や意見は、しばしば定量的に測定できない「順序関係」として表現される。たとえば、消費者が製品Aを製品Bよりも好むが、製品Bを製品Cよりも好むといった情報は、距離や角度で測定できない。非メトリックMDSは、こうした順序情報を低次元空間にマッピングして、消費者の嗜好のパターンを可視化できる。
適用事例:
– 消費者の嗜好マッピング: 企業は非メトリックMDSを使用して、消費者の製品に対する評価(好ましい順番)を分析し、製品間の相対的な距離を視覚的に表現する。これにより、製品群がどのように似ているか、消費者がどの製品を選びやすいかを把握できる。
手順:
1. 消費者に対して製品のペアを評価させ、どちらが好ましいかを順番で回答してもらう。
2. その評価結果に基づいて、製品間の「順序的な距離」を計算する。
3. 非メトリックMDSを使用して、製品を低次元空間にマッピングし、消費者の嗜好のパターンを可視化する。
2. 遺伝学における系統樹解析
背景: 遺伝学の研究において、異なる種間の遺伝的距離(たとえば、DNAの類似度)は、測定方法によって異なる場合がある。非メトリックMDSは、遺伝的距離を低次元にマッピングして、種間の関係を視覚的に理解するのに役立つ。
適用事例:
– 種間の遺伝的距離分析: さまざまな種の遺伝的距離を計算し、その距離を基に非メトリックMDSを適用して、種間の系統樹を視覚的に表現する。これにより、遺伝的に最も近い種同士をグループ化したり、進化的な関連性を可視化することができる。
手順:
1. 各種間の遺伝的距離(例えば、DNA配列の違い)を計算する。
2. 非メトリックMDSを用いて、この遺伝的距離を低次元(通常は2次元または3次元)に埋め込む。
3. 結果を可視化し、種間の関係を理解する。
3. 音楽のジャンル間の類似性分析
背景: 音楽のジャンル間の類似性を計測する際、音楽の特徴(リズム、メロディ、和音など)の類似度を計算することができるが、この類似性が線形ではない場合がある。非メトリックMDSを使うことで、音楽ジャンルの間の順序的な関係を可視化し、似ているジャンルを近くに配置することができる。
適用事例:
– 音楽ジャンルの可視化: 非メトリックMDSを使用して、異なる音楽ジャンル間の類似性を視覚的に表現する。音楽の特徴量(例えば、音の強さ、テンポ、和音構成など)を使って距離行列を作成し、それを低次元空間にマッピングする。
手順:
1. 音楽ジャンル間の特徴量(音のリズム、テンポ、和音の使い方など)を計算する。
2. それに基づいて音楽ジャンル間の距離を計算する。
3. 非メトリックMDSを使用して、音楽ジャンル間の距離を低次元空間に埋め込む。
4. 結果をプロットし、音楽ジャンル間の関係を視覚化する。
4. ソーシャルネットワークの分析
背景: ソーシャルネットワークの分析では、人々の関係性や交流のパターンを理解するために、異なる人物間の類似度を計算することがある。非メトリックMDSを用いることで、ネットワーク内の人物を低次元空間にマッピングし、類似性のある人物同士を近くに配置することができる。
適用事例:
– ソーシャルネットワークの可視化: 非メトリックMDSを使用して、ユーザー間の交流の強さ(例えば、頻繁にやり取りをするユーザー同士)を距離として表現し、それを低次元空間に埋め込んで可視化する。これにより、グループ化される人々を視覚的に理解することができる。
手順:
1. ユーザー間の交流度や類似度を測定する(例:メッセージのやり取りの回数、関心事の一致度など)。
2. 類似度に基づいて距離行列を作成する。
3. 非メトリックMDSを使用して、この距離行列を低次元空間にマッピングする。
4. 結果を可視化し、ユーザー間の関係を分析する。
5. 商品推薦システム
背景: 推薦システムでは、ユーザーの好みや製品の特徴を基に、ユーザーに合った商品を提案する。非メトリックMDSを使うことで、商品の特徴間の類似性を低次元空間にマッピングし、似た商品をグループ化することができる。
適用事例:
– 商品の類似性分析: 非メトリックMDSを使用して、商品の特徴(価格帯、カテゴリ、ユーザー評価など)を基に、商品間の類似性を計算し、それを低次元空間に埋め込むことで、類似商品を見つけやすくする。
手順:
1. 商品間の類似度を、商品の特徴量を基に計算する。
2. 非メトリックMDSを使用して、商品の類似度を低次元空間に埋め込む。
3. 類似商品を視覚的にグループ化し、推薦システムに組み込む。
参考図書
非メトリックMDS(Non-metric Multidimensional Scaling)に関連する参考図書を以下に述べる。
2. ‘A Comparison Study on Similarity and Dissimilarity Measures in Clustering Continuous Data’
3. “Modern Multidimensional Scaling: Theory and Applications” by Ingwer Borg and Patrick J. F. Groenen
– 概要: 本書はMDSアルゴリズムの包括的なレビューで、メトリックおよび非メトリックMDSに関する詳細な説明がなされており、特に計算技法とその応用に焦点を当てている。
– 内容: 非メトリックMDSを含む、現代的なMDS手法を実装するための理論的・実践的アプローチを提供している。事例研究や実装コードも豊富に含まれている。
4. “Nonmetric multidimensional scaling: Neural networks versus traditional techniques”
6. “Applied Multidimensional Scaling”
論文・オンラインリソース
1. “Review of the Development of Multidimensional Scaling Methods”
2. Online tutorials and repositories:
– 例えば、GitHubなどのプラットフォームに公開されているMDSアルゴリズムの実装例やチュートリアルも参考になる。特に、非メトリックMDSのPython実装やRパッケージ(`smacof`など)の使用例を確認することで、実際のコードに触れることができる。
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