ベクトル自己回帰モデルの概要と適用事例および実装例について

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ベクトル自己回帰モデルについて

ベクトル自己回帰モデル(Vector Autoregression Model, VARモデル)は、統計学や経済学などの分野で使用される時間系列データのモデリング手法の一つです。VARモデルは、複数の変数が相互に影響し合う場合に適用されるモデルとなる。

一般的な自己回帰モデル(Autoregression Model)は、ある変数の値をその過去の値の線形結合として表現するモデルで、VARモデルはこのアイディアを複数の変数に拡張したものとなり、複数の変数の過去の値を使って現在の値を予測するモデルとなる。

具体的には、VARモデルは以下のような数式で表現される(単純な2変数の場合を例にする)。

\[Y_t = c + A_1 * Y_(t-1) + A_2 * Y_(t-2) + \dots + A_p * Y_(t-p) + \epsilon_t\]

ここで、

  • \(Y_t\)はp次のVARモデルにおけるt期のk次元変数ベクトル。
  • cは定数項(オフセット)を表す。
  • \(A_1, A_2, \dots, A_p\)は係数行列で、それぞれ\(Y_{t-1}, Y_{t-2}, …, Y_{t-p}\)の係数を表す。
  • \(\epsilon_t\)は誤差項(ホワイトノイズ)で、平均が0で自己相関がないと仮定される。

VARモデルの推定には、通常、最小二乗法などの手法が使われ、また、モデルの次数p(過去の期間の数)は適切に選択する必要がある。VARモデルは相互に関連する多くの変数を一度に扱えるため、マクロ経済学の分析や金融市場の予測などに広く応用されている。

VARモデルの拡張としては、ベクトル誤差修正モデル(Vector Error Correction Model, VECM)やベクトル移動平均モデル(Vector Moving Average Model, VMA)などがある。これらのモデルはさらに複雑な時間系列データの解析に役立つ。

ベクトル誤差修正モデル

ベクトル誤差修正モデル(Vector Error Correction Model, VECM)は、非定常な(単位根を持つ)時間系列データの解析に用いられ、VARモデルの拡張として、経済学やファイナンスなどの分野でよく使われる手法となる。

VECMは、時間系列データの変数が非定常性を持ち、その間に長期的な均衡関係が存在する場合に適用される。これは例えば、GDPと消費量のような経済変数は、一時的なショックによって非定常に振る舞うことがあるが、長期的には均衡の関係が成り立つ場合があり、VECMはこれらの変数間の均衡関係をモデル化するアプローチをとる。

VECMでは、まず非定常なデータを差分を取ることで定常化する。その後、差分データに対してVARモデルを適用し、VARモデルを推定した後、誤差修正項(Error Correction Term, ECT)を導入することで、長期的な均衡関係を捉える。誤差修正項は、非定常な変数が均衡関係から逸脱している程度を示す項であり、均衡への修正を行う。

VECMの数式的な表現は以下のようになる(2変数の場合を例にする)。

\[\Delta Y_t = \Pi Y_{t-1} + \Gamma_1\Delta Y_{t-1} + … + \Gamma_p \Delta Y_{t-p} + \epsilon_t\]

ここで、

  • \(\Delta Y_t\)は差分化されたk次元の変数ベクトル。
  • \(\Pi\)は均衡関係の係数行列であり、VECMの重要なパラメータ。
  • \(\Gamma_1, \dots , \Gamma_p\)は差分化された変数の係数行列で、p次のVARモデルの係数を表す。
  • \(\epsilon_t\)はホワイトノイズ(誤差項)となる。

VECMは、均衡関係を含む長期的な関係を捉えるため、短期的なショックの影響が減衰して均衡に戻る構造を持つ。この特性から、経済学において貨幣需要関数、購買パワーパリティ、利差パリティなどの関係をモデル化する際によく用いられている。VECMの推定には、最尤法(Maximum Likelihood Estimation)や、”ベイズ推定の概要と各種実装“で述べているベイズ法(Bayesian Methods)が使用される。

ベクトル移動平均モデル

ベクトル移動平均モデル(Vector Moving Average Model, VMA)は、ベクトル自己回帰モデル(VARモデル)と同様に、複数の時間系列データを同時にモデリングする手法の一つとなる。VARモデルが変数の過去の値を使って現在の値を予測するのに対して、VMAモデルは変数の過去のホワイトノイズ(誤差項)を使って現在の値をモデル化する。

VMAモデルは、ホワイトノイズの過去の値を線形結合として現在の値を予測するモデルであり、具体的な数式で表現すると、次のようになる(単純な2変数の場合を例にする)。

\[Y_t = \mu + \Theta_1\epsilon_{t-1} + \Theta_2 \epsilon_{t-2} + \dots + \Theta_q\epsilon_{t-q} + \epsilon_t\]

ここで、

  • \(Y_t\)はk次元の変数ベクトルで、t期のデータを表す。
  • \(\mu\)は定数項(オフセット)を表す。
  • \(\Theta_1, \Theta_2, \dots, \Theta_q\)は係数行列で、それぞれホワイトノイズの過去の\(\epsilon_{t-1}, \epsilon_{t-2}, \dots, \epsilon_{t-q}\)の係数を表す。
  • \(\epsilon_t\)はk次元のホワイトノイズ(誤差項)ベクトルで、平均が0で自己相関がないと仮定される。

VMAモデルは、VARモデルと同様に過去の値を用いるため、過去の情報を反映してデータをモデル化することができる。しかし、VARモデルとは異なり、VMAモデルでは誤差項の過去の値を直接使うため、ホワイトノイズの自己相関の構造をモデル化でき、VARモデルよりもパラメータ数が少ない場合があり、計算の負荷が軽くなることがある。

VMAモデルはVARモデルと組み合わせて、VARMAゅベクトル自己回帰移動平均モデルょとしても利用される。VARMAモデルは、複数の過去の値と複数の過去のホワイトノイズを組み合わせることで、より複雑な時間系列データのモデル化が可能となる。

ベクトル自己回帰移動平均モデル

ベクトル自己回帰移動平均モデル(Vector Autoregressive Moving-Average Model, VARMAモデル)は、複数の時間系列変数を同時にモデル化するための統計モデルとなる。VARMAモデルは、自己回帰(AR)項と移動平均(MA)項の両方を含むことが特徴となる。

VARMAモデルは、VARモデルとVMAモデルを組み合わせたものです。VARモデルは変数の過去の値を使って現在の値を予測するモデルであり、VMAモデルは変数の過去のホワイトノイズ(誤差項)を使って現在の値を予測するモデルとなる。VARMAモデルはこれらのアイディアを組み合わせて、以下のように表現される(単純な2変数の場合を例に示す)。

\[Y_t = c + A1 * Y_{t-1} + A2 * Y_{t-2} + \dots + Ap * Y_{t-p} + \epsilon_t + \Theta_1\epsilon_{t-1} + \Theta_2\epsilon_{t-2} + \dots + \Theta_q\epsilon_{t-q}\]

ここで、

  • \(Y_t\)はk次元の変数ベクトルで、t期のデータを表す。
  • cは定数項(オフセット)を表す。
  • A1, A2, …, ApはVARモデルの係数行列で、それぞれ\(Y_{t-1}, Y_{t-2}, \dots, Y_{t-p}\)の係数を表す。
  • \(\epsilon_t\)はk次元のホワイトノイズ(誤差項)ベクトルで、平均が0で自己相関がないと仮定される。
  • \(\Theta_1, \Theta_2, \dots, \Theta_q\)はVMAモデルの係数行列で、それぞれホワイトノイズの過去の値\(\epsilon_{t-1}, \epsilon_{t-2}, \dots, \epsilon_{t-q}\)の係数を表す。

VARMAモデルは、複数の過去の値と複数の過去のホワイトノイズを組み合わせることで、より複雑な時間系列データのモデル化が可能となる。VARMAモデルのパラメータは、後述する最小二乗法(OLS)や最尤法(Maximum Likelihood Estimation, MLE)などの手法を用いて推定される。また、VARMAモデルは非常に一般的で、経済学、ファイナンス、気象学、社会科学など様々な分野で応用されている。

ベクトル自己回帰モデルに用いられるアルゴリズムについて

ベクトル自己回帰モデルを推定するためには、以下のアルゴリズムが一般的に用いられる。

  • 最小二乗法(Ordinary Least Squares, OLS): 最も一般的で基本的なアルゴリズムで、VARモデルをOLSによって推定する場合は、データセットから係数行列を推定するために最小化問題を解くことになる。具体的には、各変数の過去の値を説明変数とし、現在の値を目的変数として、最小二乗法によって係数を推定する。この方法は計算が比較的簡単であり、小規模なVARモデルに適している。
  • ベイズ法(Bayesian Methods): ベイズ法は、事前に与えられた情報(事前分布)を用いてパラメータを推定する手法となる。VARモデルのパラメータを確率的に推定するため、推定結果に対して不確実性を考慮できる。ベイズVARモデルは、”マルコフ連鎖モンテカルロ法の概要と実装について“で述べているMCMC(Markov Chain Monte Carlo)法などのサンプリング手法を用いて推定される。
  • ユニヴァース法(Unit Root Methods): ユニヴァース法は、時間系列データの中に単位根(Unit Root)が存在するかどうかを検定する手法となる。VARモデルを推定する前に、各変数が定常過程であることを確認する必要があり、VARモデルは定常性を仮定しているため、非定常なデータに対してはVARモデルを直接適用することはできない。定常性が確保されていない場合は、差分を取るなどの前処理が必要となる。
  • 情報基準(Information Criteria): 情報基準は、VARモデルの次数(過去の期間の数)を選択するための指標として使用される。AIC(赤池情報量基準)やBIC(ベイズ情報量基準)などの情報基準を最小化するように次数を選択することで、過学習を防ぎながら適切なモデルを選ぶことができる。

これらのアルゴリズムは、VARモデルの推定と次数の選択に役立つ。データの性質や目的に応じて適切なアルゴリズムを選択することが重要であり、大規模なVARモデルの場合は、数値的な計算の安定性や計算負荷に注意する必要がある。

ベクトル自己回帰モデルに用いられるライブラリとプラットフォームについて

ベクトル自己回帰モデル(VARモデル)を実装するために、さまざまなプログラミング言語や統計パッケージ、ライブラリが利用可能となる。以下に代表的なプログラム言語とライブラリの例を示す。

<Python>

PythonでのVARモデルを実装するための主要なライブラリとしては、以下のようなものがある。

  • statsmodels: Pythonの統計モデルを扱うライブラリで、VARモデルの推定や解析がサポートされている。
  • pmdarima: 自己回帰移動平均モデル (ARIMA) の推定に特化したライブラリだが、VARモデルにも利用可能なものとなる。

<R>

RでVARモデルを実装するために、以下のパッケージが利用されている。

  • vars: RのVARモデルを推定・解析するためのパッケージとなる。多変量時系列データの分析に適している。
  • tsDyn: 時系列分析のためのパッケージで、VARモデルの推定や解析を行うことができる。

<MATLAB>

MATLABでVARモデルを実装するためには、以下の関数が利用可能となる。

  • varm: MATLABの統計ツールボックスに含まれる関数で、VARモデルを推定するために使用される。

<Julia>

JuliaでVARモデルを実装するために、以下のライブラリが利用可能となる。

  • TimeSeries: Juliaの統計ツールボックスに含まれるライブラリで、VARモデルなどの時系列データの解析をサポートしている。

これらのライブラリやパッケージを使うことで、容易にVARモデルを実装して分析することができる。プラットフォームとしては、Jupyter NotebookやRStudioなどの統合開発環境(IDE)を利用することで、コードの実行と可視化がスムーズに行える。

ベクトル自己回帰モデルの適用事例について

ベクトル自己回帰モデルは、経済学、ファイナンス、気象学、社会科学などさまざまな分野で幅広く適用されている。以下にいくつかの具体的な適用事例を挙げる。

  • マクロ経済学: 経済学の分野では、GDP、インフレーション率、失業率、金利などの経済指標をモデル化する際にVARモデルが利用されている。VARモデルは複数の経済変数の相互関係を考慮することができ、経済政策の分析や予測に役立つ。
  • ファイナンス: ファイナンスの分野では、株価、為替レート、金利などの時系列データをVARモデルでモデル化することで、市場の動向や相関関係を把握することができる。また、VARモデルはリスク管理やポートフォリオ最適化などにも利用される。
  • 気象学: 気象学の分野では、気象要因(気温、湿度、気圧など)をモデル化する際にVARモデルが利用される。これにより、気象変動や気候変動の相互関係を理解し、天候の予測や気候変動の影響を分析することが可能となる。
  • 社会科学: 社会科学の分野では、人口動態、労働市場、教育、健康などの社会経済変数をVARモデルで分析することがある。これにより、社会的な相互関係や影響を理解し、政策立案や社会システムの改善に寄与する。
  • マーケティング: マーケティングの分野では、広告費用、販売量、競合他社の動向などをVARモデルでモデル化することで、マーケティング戦略の評価や市場のトレンド予測を行うことができる。

VARモデルは実際にはさまざまな分野で利用され、複数の変数の相互関係を考慮し、時系列データのモデル化や予測に有用な手法として広く活用されている。

最後にこれらの実装例について述べる。

ベクトル自己回帰モデルのpythonによる実装例について

Pythonでの実装の場合、VARモデルを実装するためにはstatsmodelsというライブラリを使用することががが得られる。statsmodelsは統計モデルを扱うためのパッケージであり、VARモデルの推定や予測を行うことができる。

以下は、statsmodelsを使用してVARモデルを実装する例で、具体的には、2変数のVARモデルを推定して、その予測を行っている。

import numpy as np
import pandas as pd
import statsmodels.api as sm

# ダミーデータの作成
# 2つの変数を持つ3次元のデータを作成する例
np.random.seed(0)
n_obs = 100
data = np.random.randn(n_obs, 2)
df = pd.DataFrame(data, columns=['var1', 'var2'])

# VARモデルの推定
lag_order = 2  # VARモデルの次数を指定
model = sm.tsa.VAR(df)
result = model.fit(lag_order)

# VARモデルのパラメータを表示
print(result.summary())

# VARモデルによる予測
forecast_period = 10  # 未来の期間を指定
forecast = result.forecast(df.values[-lag_order:], steps=forecast_period)

# 予測結果を表示
print("VARモデルによる予測:")
print(forecast)

この例では、VARモデルを作成するためにダミーデータを生成し、VARクラスを使用してモデルを推定している。fitメソッドでVARモデルのパラメータを推定し、forecastメソッドで未来の値を予測する。

注意点としては、VARモデルの次数(lag_order)やデータの適切な前処理などは、実際のデータに応じて適切に調整する必要があり、また、VARモデルの結果の解釈や評価にはさらなる分析が必要となる。

ベクトル自己回帰モデルのRによる実装例について

R言語では、varsパッケージを使用してベクトル自己回帰モデル(VARモデル)を実装することができる。varsパッケージは多変量時系列解析のための便利なツールを提供しており、以下にRを使用したVARモデルの実装例について述べる。

まずはじめに、varsパッケージをインストールし、読み込む。

install.packages("vars") # varsパッケージをインストール
library(vars) # varsパッケージを読み込み

次に、ダミーデータを生成してVARモデルを推定する。

set.seed(0)
n_obs <- 100
data <- matrix(rnorm(n_obs*2), nrow=n_obs) # 2つの変数を持つデータを作成

# VARモデルの推定
lag_order <- 2 # VARモデルの次数を指定
var_model <- VAR(data, p=lag_order, type="const") # type="const"で定数項を含める

# VARモデルの要約を表示
summary(var_model)

# VARモデルによる予測
forecast_period <- 10 # 未来の期間を指定
forecast <- predict(var_model, n.ahead=forecast_period)

# 予測結果を表示
print("VARモデルによる予測:")
print(forecast)

この例では、matrix関数を使用して2つの変数を持つダミーデータを生成し、VAR関数を使用してVARモデルを推定している。p引数にVARモデルの次数(lag_order)を指定し、type引数に”const”を指定することで、定数項を含めたVARモデルを推定する。VARモデルの推定結果や予測結果は、summary関数やpredict関数を使用して表示することができる。

参考情報と参考図書

時系列データ解析に関しては”時系列データ解析“に詳細を述べている。そちらも参照のこと。

参考図書としては”現場ですぐ使える時系列データ分析~データサイエンティストのための基礎知識~

Pythonによる時系列分析 ―予測モデル構築と企業事例―

時系列解析: 自己回帰型モデル・状態空間モデル・異常検知

物体・画像認識と時系列データ処理入門“等がある。

Vector Autoregressive Models for Multivariate Time Series” by Patrick T. Brandt and John T. Williams

VARモデルの基本から応用まで体系的な説明。特に、経済データなどの多変量時系列データの分析に適した内容となる。

Time Series Analysis” by James D. Hamilton

時系列分析の標準的な教科書で、VARモデルの詳細も扱われている。推定、検定、予測といった基礎から応用まで解説しており、数式を用いた深い理解を目指す方に最適。

New Introduction to Multiple Time Series Analysis” by Helmut Lütkepohl

VARモデルの第一人者による書籍で、理論的背景や数学的な扱い方が詳細に説明されています。VARモデルを用いた実証研究に興味がある場合にもおすすめです。

Applied Time Series Econometrics” by Helmut Lütkepohl and Markus Krätzig

多変量時系列データの実務的なアプローチを学ぶのに最適。VARモデルの推定と応用方法について、実際の経済データを使った例も多く含まれている。

Forecasting, Structural Time Series Models and the Kalman Filter” by Andrew C. Harvey

時系列モデル全般の解説に加え、VARモデルやその拡張についても言及している。特に、構造変化のあるデータやカーマンフィルタとの組み合わせについての知見が得られる。

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