有限状態マシンについて
有限状態マシン(Finite State Machine)は、計算機科学および情報理論で使用されるモデルの一つであり、有限状態オートマトン(Finite State Automaton)とも呼ばれているものとなる。有限状態マシンは、有限個の状態と、それらの状態間を遷移する規則からなる。
有限状態マシンは、現在の状態と入力に基づいて次の状態へと遷移するという振る舞いを持ち、状態は通常、円や長方形のようなグラフィカルな要素で表され、遷移は矢印で示される。また、状態遷移をトリガーするための入力も定義されている。
有限状態マシンは、状態が有限であるため、特定の状態に到達した後の振る舞いが確定的に決まる。これは、ソフトウェアやハードウェアの設計、自動制御システム、プロトコルなど、さまざまな領域で利用されるものとなる。
有限状態マシンは通常、次の3つの要素からなるモデルとして表現されている。
- 状態(States): システムが存在する可能性のある状態を表現する。これは具体的には、オン・オフ、開・閉、待機・実行などの状態のようなものが考えられる。
- 入力(Inputs): システムに与えられる入力を表現する。入力は特定のイベントや信号として表現され、状態遷移をトリガーする役割を果たす。
- 遷移(Transitions): 状態間の移動を規定するルールとなる。これにより、入力に基づいて現在の状態から次の状態への遷移が行われる。
有限状態マシンは、状態遷移図や状態遷移テーブルなどの形式で表現されることがあり、また、拡張されたモデルとして、階層的な有限状態マシンや確率的な有限状態マシンなどがある。
有限状態マシンは、複雑なシステムの動作をモデル化し、理解するために有用であり、プログラミング言語やツールを使用して、有限状態マシンを実装することができる。実際の適用例では、C、C++、Python、Javaなどのプログラミング言語を用いることで、状態を変数や列挙型として表現し、遷移を条件分岐や制御フローで表現する。
以下は、Pythonでの簡単な有限状態マシンの実装例となる。
# 状態定義
states = ['A', 'B', 'C', 'D']
# 初期状態設定
current_state = 'A'
# 入力イベントに基づく遷移規則
transitions = {
'A': {'event1': 'B', 'event2': 'C'},
'B': {'event3': 'C'},
'C': {'event4': 'D'},
'D': {}
}
# イベント処理
def process_event(event):
global current_state
if event in transitions[current_state]:
current_state = transitions[current_state][event]
print(f'Transition: {current_state}')
else:
print('Invalid event for current state.')
# イベント実行
process_event('event1') # Transition: B
process_event('event4') # Invalid event for current state.
process_event('event3') # Transition: C
process_event('event4') # Transition: D
上記の例では、状態は文字列で表現され、遷移規則は辞書として定義されており、process_event
関数は、与えられたイベントに基づいて現在の状態を更新し、遷移結果を表示する。
次にこの有限状態マシンで用いられるアルゴリズムについて述べる。
有限状態マシンで用いられるアルゴリズム
有限状態マシンの実装には、いくつかのアルゴリズムが使用されている。以下にそれらの中から代表的なアルゴリズムについて述べる。
- 状態遷移テーブル(State Transition Table): 状態遷移テーブルは、状態と入力に基づいて次の状態を示す表となる。テーブルは通常、2次元の配列やハッシュマップとして実装され、アルゴリズムは、現在の状態と入力をテーブルのインデックスとして使用し、次の状態を取得する。
- 状態遷移図(State Transition Diagram): 状態遷移図は、状態と遷移をグラフィカルに表現したものとなる。状態はノード、遷移は矢印で示され、アルゴリズムは、現在の状態と入力に基づいて、遷移図を探索し次の状態を決定する。
- MealyマシンとMooreマシン: MealyマシンとMooreマシンは、状態遷移マシンの2つの一般的な変種となる。Mealyマシンでは、状態遷移と同時に出力が生成され、具体的には、現在の状態と入力に基づいて次の状態への遷移と同時に、出力を生成するものとなる。ここでの出力は通常、遷移図や遷移テーブルの一部として表現される。Mooreマシンでは、状態に関連付けられた出力を持つタイプの有限状態マシンとなる。具体的には、状態遷移によって状態が変わったときに、その状態に関連付けられた出力が生成され、出力は通常、状態遷移とは独立した状態自体が持つ属性として表現される。Mealyマシンは、入力に基づいて動作するシステムや通信プロトコルのモデリングに用いられ、Mooreマシンは、制御回路やシーケンス制御など、出力が状態にのみ依存するシステムのモデリングに用いられる。
- グラフ探索アルゴリズム: グラフ探索アルゴリズム(例えば、深さ優先探索や幅優先探索)は、状態遷移図を探索して適切な状態遷移を見つけるために使用される。これらのアルゴリズムは、有限状態マシンが大規模または複雑な場合に特に有用となる。
これらのアルゴリズムを実装するには、以下のようなライブラリやプラットフォームが用いられる。
有限状態マシンに用いられるライブラリとプラットフォームについて
有限状態マシンの実装には、さまざまなプログラミング言語やフレームワーク、ライブラリが使用されている。以下に、それらの中から代表的なライブラリとプラットフォームについて述べる。
- Python:
- transitions: transitionsはPythonでのFSMをサポートする軽量なライブラリとなる。状態とトランジションを定義し、イベントに応じて状態を変更することができ、簡潔で直感的なAPIを提供しており、状態遷移を簡単に管理できるものとなる。また、状態遷移の記録や監視、デバッグなどの機能も提供している。
- JavaScript:
- xstate: xstateは、JavaScriptとTypeScriptでの状態管理を強力にサポートするライブラリとなる。xstateは、状態とトランジションを定義し、状態の変更やイベントの処理を管理し、さまざまな高度な機能を提供し、ネストされた状態やガード条件、アクション、エフェクトなどをサポートしている。
- javascript-state-machine: javascript-state-machineは、シンプルなFSMを実装するための軽量なライブラリであり、状態とトランジションを定義し、イベントによって状態を変更することができるものとなる。javascript-state-machineは、状態マシンの作成と制御が容易であり、直感的なAPIを提供している。
- machina.js: machina.jsは、JavaScriptでの状態マシンの実装をサポートする柔軟なライブラリであり、状態とトランジションを定義し、アクションやガード条件を追加することができるものとなる。この中には、イベントの処理や状態の変更をカスタマイズするためのフックも提供されている。
- C++:
- Boost.Statechart: Boost.Statechartは、C++での状態遷移をサポートする強力なライブラリとなる。Boostライブラリの一部であり、柔軟な状態マシンの定義と管理を提供し、状態とトランジションの定義、イベント処理、履歴の管理などの機能がある。
- TinyFSM: TinyFSMは、軽量で簡単に使用できるC++向けのFSMライブラリとなる。TinyFSMは、ヘッダーファイルのみで構成されており、シンプルなAPIを提供している。
- Java:
- EasyFlow: EasyFlowは、Javaでの状態マシンを実装するためのシンプルなライブラリとなる。
- Spring Statemachine: Spring Statemachineは、Spring Frameworkの一部として提供されるFSMライブラリとなる。Spring Statemachineは、Springの便利な機能と統合されており、状態マシンの制御と監視を容易にしている。
- Apache Commons SCXML: Java向けの状態遷移モデルであるSCXML(State Chart XML)の実装であり、SCXMLは、有限状態マシンを表現するためのXMLベースの言語となる。
- Arduino:
- Arduino Finite State Machine Library: Arduino Finite State Machine Libraryは、状態マシンの実装を簡単にするためのライブラリとなる。Arduino Finite State Machine Libraryは、状態遷移の管理やアクションの実行などの機能を提供している。
- Unity:
- Playmaker: PlaymakerはUnity上でのビジュアルプログラミングツールであり、FSMをサポートしている。グラフィカルなエディタを使用して状態とトランジションを設定し、アクションを定義することができる。Playmakerは非常に人気があり、多くの開発者によって使用されている。
- Behavior Designer: Behavior Designerは、アセットストアで利用可能なパワフルなFSMライブラリとなる。グラフィカルなエディタを使用して、AIやキャラクターの振る舞いを設定することができ、プログラム的な制御を使用せずに、ノードとトランジションを接続して振る舞いを定義できる。
- FSM AI Template: FSM AI Templateは、Unityの無料アセットであり、FSMを実装するためのテンプレートとして使用できる。状態とトランジションを定義し、C#スクリプト内でFSMを処理する方法を提供している。これには、状態とトランジションの追加、削除、変更などの柔軟性がある。
次にこれら有限状態マシンの適用事例について述べる。
有限状態マシンの適用事例について
有限状態マシンは、さまざまな領域で幅広く適用されている。以下に、それらの中から代表的な適用事例について述べる。
- ソフトウェア開発:
- UI/UXの状態管理: グラフィカルユーザーインターフェース(GUI)やモバイルアプリの開発において、画面の状態やユーザーの操作に基づいて状態を管理するのに有限状態マシンが使用されている。これらにより、状態遷移に基づいて画面の表示や操作を制御することができるようになる。
- プロトコルや通信制御: ネットワーキングや通信プロトコルの実装では、有限状態マシンが使用されている。これを用いることで、パケットの状態や受信状態に基づいて、データの送信や受信を制御することができるようになる。
- ハードウェア制御:
- オートマトン: デジタル回路や組み込みシステムの設計において、有限状態マシンが使用されている。これらを用いることで、センサーの状態や外部入力に応じて、デバイスの動作や制御信号の生成を行うことができるようになる。
- 自動制御システム:
- ロボット制御: ロボットの挙動制御に有限状態マシンが使用される。これらを用いることで、センサーデータやタスクの状態に基づいて、ロボットの動作や行動を制御することができるようになる。
- ゲーム開発:
- ゲームAI: ゲーム内のキャラクターやNPC(非プレイヤーキャラクター)の挙動をモデル化するために、有限状態マシンが使用されている。これらを用いることで、キャラクターの状態やプレイヤーの行動に応じて、適切なアクションや反応を生成することができるようになる。
- システム制御:
- シーケンス制御: 製造業や自動化システムにおいて、機械や装置の動作を管理するために有限状態マシンが使用されている。これらを用いることで、処理の状態やイベントに応じて、機械の動作や作業の進行を制御することができるようになる。
以下にUIやゲームの状態管理のケースについて詳細に述べる。
有限状態マシンを用いたUIやゲームの状態管理について
<概要>
有限状態マシンは、UIやゲームの状態管理に非常に有用なものとなる。特に、ゲームは、プレイヤーの入力やゲーム内のイベントに基づいて状態が変化するため、有限状態マシンはその振る舞いをモデル化するのに適しており、広く用いられている。。以下に、有限状態マシンを用いたゲームの状態管理の利点と実装方法について述べる。
利点:
- 清晰な状態遷移: 有限状態マシンは、ゲーム内の異なる状態とその間の遷移を明確に定義する。これにより、ゲームの状態遷移が予測可能で理解しやすくなる。
- 状態依存のアクション: 各状態には、その状態で実行されるべきアクションや処理を関連付けることができる。これにより、特定の状態においてのみ有効なアクションを実行することができる。
- バグの特定と修正: 有限状態マシンは、ゲームの状態と状態遷移を明示的に定義するため、バグの特定と修正が容易になる。また、状態遷移における不正確な動作や不適切な遷移を特定しやすくもなる。
実装方法:
- 状態と遷移の定義: ゲーム内の異なる状態を定義し、それらの間の遷移を明示的に定義する。各状態は、ゲームの特定の状況や条件を表現している。
- イベントの処理: プレイヤーの入力やゲーム内のイベントは、適切な状態に基づいて処理される。この状態によっては、特定のイベントのみが受け付けられるようになる。
- アクションの実行: 各状態には、その状態で実行されるべきアクションや処理が関連付けられる。遷移時に特定のアクションを実行したり、状態内で定期的に実行するアクションを設定したりすることができる。
- グラフィックスやサウンドの制御: ゲームの状態に応じて、グラフィックスやサウンドの表示や再生を制御することもできる。具体的には、特定の状態に入ったときに特定のエフェクトや音楽を再生するように設定することができる。
- ゲームの進行管理: 有限状態マシンは、ゲームの進行管理にも役立つ。例えば、ゲームの開始、一時停止、終了などの状態を定義し、適切な遷移とアクションを設定することができる。
このように、有限状態マシンを使用してゲームの状態管理を行うことで、ゲームのロジックや振る舞いの設計をより柔軟かつ効果的に行うことが可能となる。
次にpythonを用いた具体的な実装例について述べる。
<pythonによる実装例>
以下に、Pythonによる有限状態マシンを用いたゲームの状態管理の実装例について述べる。この例では、簡単なプレイヤーキャラクターの状態遷移を示している。
class PlayerState(Enum):
IDLE = 0
WALKING = 1
RUNNING = 2
JUMPING = 3
class Player:
def __init__(self):
self.state = PlayerState.IDLE
def update(self, input):
if self.state == PlayerState.IDLE:
if input == 'MOVE':
self.state = PlayerState.WALKING
elif input == 'JUMP':
self.state = PlayerState.JUMPING
elif self.state == PlayerState.WALKING:
if input == 'STOP':
self.state = PlayerState.IDLE
elif input == 'RUN':
self.state = PlayerState.RUNNING
elif self.state == PlayerState.RUNNING:
if input == 'STOP':
self.state = PlayerState.WALKING
elif self.state == PlayerState.JUMPING:
if input == 'LAND':
self.state = PlayerState.IDLE
# ゲームのメインループ
player = Player()
while True:
# プレイヤーの入力を受け取る
input = get_player_input()
# プレイヤーの状態を更新
player.update(input)
# ゲームの描画や処理を行う
render_game()
# 次のフレームに進む
advance_frame()
上記の例では、PlayerState
という列挙型を定義して、プレイヤーの状態を表現している。Player
クラスでは、update
メソッドを使用してプレイヤーの状態遷移を処理しており、プレイヤーの入力に基づいて現在の状態を判断し、次の状態への遷移を行っている。ゲームのメインループでは、プレイヤーの入力を受け取り、プレイヤーの状態を更新します。また、ゲームの描画や処理を行い、次のフレームに進む。
参考情報と参考図書
オートマトン理論を含めた詳細情報は”オートマトンと状態遷移/ペトリネットと自動計画“を参照のこと。またゲームAIやエージェント技術に関しては”人工生命とエージェント技術“を参照のこと。
参考図書としては”Understanding of Finite State Machine“
コメント
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