脳は世界をどう見ているのか?
“Hierarchical Temporal Memory (階層型時間メモリ)とClojure“で述べているジェフ・ホーキンズの著書である「脳が世界をどう見ているのか」では、HTMの考え方をベースに大脳新皮質の構成単位「皮質コラム」をベースに「1000の脳」理論が述べられている。
この「脳は世界をどう見ているのか」という問いは、ホーキンス以外にも、脳科学、心理学、哲学などの分野で長らく探求されてきたテーマであり、我々が知覚し、解釈し、意識する世界がどのように脳の働きによって生まれるのかというものに対する洞察を与えてくれる。ここではそれらに関するいくつかの視点について述べる。
1. 感覚入力の統合:
– 視覚、聴覚、触覚など多様な感覚: 脳は目、耳、皮膚などの感覚器官を通じて膨大な量の情報を受け取る。しかし、各感覚器官からの情報は脳内の異なる領域で処理され、最終的には統合されて一つの「知覚体験」が作られる。
– 多感覚統合: 特に大脳皮質の視覚野や聴覚野、体性感覚野が異なる感覚情報を処理し、前頭葉などの統合エリアでこれらの情報が一体化することで、一貫した感覚体験として私たちに知覚される。
2. 予測符号化モデル:
– 脳は未来を予測している: 脳は感覚入力をただ受動的に受け入れているわけではなく、過去の経験から予測を生成し、受け取った感覚情報と比較していると考えられる。例えば、目で見たものを脳がすぐに「解釈」できるのは、過去の記憶や経験をもとに視覚情報を予測し、実際の視覚データと照らし合わせているからである。
– エラーの最小化: 予測と実際の感覚入力に誤差が生じた場合、脳はその「エラー」を修正するように働く。これにより、脳は次の予測を調整し、常に現実に適応した認知体験を生成している。
3. 意識と注意の役割:
– 意識による情報選別: 脳は周囲の全ての情報を平等に処理しているわけではなく、注意を向けたものだけに意識的な処理を行う。たとえば、混雑した場所で友人の声を聞き分ける場合、脳はその声に「注意」を集中的に向け、他の音をフィルタリングしている。
– 意識の階層構造: 意識的な知覚には階層があり、無意識の処理から高度な意識的な思考へと移行することで、脳は世界を解釈し、私たちの行動を導く。自動的に処理される視覚情報と、選択的に意識される情報が相互に作用することで、私たちの「現実感」が構成される。
4. 記憶と認知バイアス:
– 記憶が現実認識に与える影響: 脳が見る世界には、過去の経験や記憶が大きく影響する。これにより、同じ景色を見ても、その人の経験によって感じ方や見え方が異なることがある。
– 認知バイアス: 我々が見ている世界は完全に客観的ではなく、さまざまな認知バイアスによって歪められている。例えば、ネガティブな情報が記憶に残りやすい「ネガティビティ・バイアス」や、自分の経験や信念に合った情報を重視する「確証バイアス」などが、脳が世界をどのように認識するかに影響する。
5. 社会的・文化的要因の影響:
– 社会的認知: 脳は、他者の感情や意図を読み取る社会的な能力も備えており、これにより人間は共感や協調行動が可能になる。視覚情報の解釈においても、他者との関係性や文化的な背景が大きな影響を及ぼす。
– 文化的・言語的フレームワーク: 我々が持つ言語や文化は、脳が「世界をどう見るか」を形作る。異なる文化では異なる価値観や考え方が根付いており、これは脳が受け取った情報の解釈や認識にも影響を与える。
AIでの適用例
これらの視点をAIで実現可能か検討してみる。「脳が世界をどう見ているのか」を模倣する具体例は、主に認知モデルや視覚システムのシミュレーションに関連しているものと考えることができ、そのような観点からAI技術を用いて脳の知覚過程や世界の認識を実装したものを考える。
1. 予測符号化モデルの実装: 予測符号化は、脳が感覚情報を予測し、実際の感覚入力とのギャップを最小化するという考え方で、AIでもこのアプローチを取り入れたモデルがある。
実装例: “変分オートエンコーダ (Variational Autoencoder, VAE)の概要とアルゴリズム及び実装例について“で述べている変分オートエンコーダ(VAE)は、入力データの潜在空間を学習することで、新しいデータの生成や再構成を行うものとなる。予測符号化モデルでは、VAEを使って「次に来るデータを予測し、それと実際のデータとの差異(エラー)を最小化する」仕組みを学習している。このモデルは、視覚データの認識に使われ、脳がどう情報を処理し予測するかを模倣する。
実装ツール: TensorFlow, PyTorch でのVAEの実装。”RNNの概要とアルゴリズム及び実装例について“で述べているリカレントニューラルネットワーク(RNN)や”LSTMの概要とアルゴリズム及び実装例について“で述べているLSTMを用いて、時系列データ(例: 動画やセンサーデータ)の予測を行う
応用例:AIが視覚情報を受け取る際に、過去の経験から予測し、誤差を修正しながら対象を認識する。例えば、顔認識や物体検出などで、次に出現する特徴を予測し、それに基づいて認識精度を向上させる。
2. 強化学習を用いた自己改善モデル: “強化学習技術の概要と各種実装について“で述べている強化学習(Reinforcement Learning)は、エージェントが環境と相互作用し、報酬を最大化する行動を学習するアルゴリズムであり、この過程で、AIは「予測」→「実行」→「結果の評価」というサイクルを繰り返しながら自己改善する。
実装例:”Deep Q-Network (DQN)の概要とアルゴリズムおよび実装例について“で述べているDQNは、強化学習の一種で、深層学習を使ってエージェントの行動を決定するもので、AIが環境からのフィードバックを基に、次にどの行動を取るべきかを学び、最適化を図ります。予測と実行のギャップを評価し、学習を繰り返すことで精度が向上させる。
実装ツール: OpenAI Gym(シミュレーション環境)。 TensorFlow, PyTorch での強化学習モデル(DQN, A3C, PPO)
応用例:自動運転車が道路上での最適な行動を決定する際、過去の運転データ(経験)をもとに、予測と実際の動きの差を最小化して学習する。また、ゲーム内での行動選択を最適化し、経験を通じて進化するAIエージェント。プレイヤーとの対戦において、戦略を予測して実行し、報酬に基づいて行動を修正する。
3. エラー駆動型学習(エラー最小化): 脳が感覚情報を処理する際に、予測と実際の入力との差(エラー)を最小化する方法をAIに実装することができる。これを実現するための手法として、バックプロパゲーションや自己教師あり学習が用いられる。
実装例:AIがデータに基づいて、事前にラベルがつけられていない情報を学習する方法がある。たとえば、画像の一部を隠して予測させ、隠れた部分を埋めることで誤差(エラー)を最小化し、より正確な認識を学習するようなものとなる。
実装ツール: TensorFlow, PyTorch での自己教師あり学習アルゴリズムの実装(例: SimCLR, BYOL)
応用例: 脳が予測を立て、感覚情報を処理する際に起こる「エラー」を最小化することで、AIは異常を検出する能力を高める。たとえば、製造業での機械の故障予測や、医療データから異常なパターンを特定するシステム。
4. 多感覚統合モデルの実装: 脳は視覚や聴覚、触覚など複数の感覚からの情報を統合して、世界を知覚する。AIにおいても、このような多感覚統合を模倣することで、より現実に近い知覚モデルを構築できる。
実装例:視覚情報(画像)と聴覚情報(音声)など異なるデータソースを統合して処理するモデルを考える。例えば、音声認識と画像認識を統合し、動画データを解析するシステムを構築することで、より高精度な理解を実現する。
実装ツール: TensorFlow, PyTorch での多モーダルデータの統合(例: 音声と映像の統合認識)
応用例:ロボットが音声指示と視覚的な手がかりを組み合わせて周囲の環境を理解し、反応するシステム。例えば、音声で指示を受けたロボットが視覚的な対象を確認しながら動作する。
実装例
上記のモデルの具体的な実装例について述べる。これらは、脳の知覚や認識の過程をAI技術を使ってシミュレーションするための実際的なコードやシステムの構築例となっている。
1. 予測符号化モデルの実装
実装例:変分オートエンコーダ(VAE)と予測符号化
脳の予測符号化プロセスに基づき、VAEを用いて、次に来るデータを予測し、それと実際のデータとの差異を最小化する。
import torch
import torch.nn as nn
import torch.optim as optim
from torch.autograd import Variable
import torch.nn.functional as F
# Define the Variational Autoencoder
class VAE(nn.Module):
def __init__(self):
super(VAE, self).__init__()
self.fc1 = nn.Linear(784, 400)
self.fc21 = nn.Linear(400, 20) # mean
self.fc22 = nn.Linear(400, 20) # log variance
self.fc3 = nn.Linear(20, 400)
self.fc4 = nn.Linear(400, 784)
def encode(self, x):
h1 = F.relu(self.fc1(x))
return self.fc21(h1), self.fc22(h1)
def reparameterize(self, mu, logvar):
std = torch.exp(0.5*logvar)
eps = torch.randn_like(std)
return mu + eps*std
def decode(self, z):
h3 = F.relu(self.fc3(z))
return torch.sigmoid(self.fc4(h3))
def forward(self, x):
mu, logvar = self.encode(x.view(-1, 784))
z = self.reparameterize(mu, logvar)
return self.decode(z), mu, logvar
# Training loop for VAE
model = VAE()
optimizer = optim.Adam(model.parameters(), lr=1e-3)
# Example data loading (MNIST dataset)
from torchvision import datasets, transforms
train_loader = torch.utils.data.DataLoader(
datasets.MNIST('./data', train=True, download=True, transform=transforms.ToTensor()),
batch_size=128, shuffle=True)
def train(epoch):
model.train()
train_loss = 0
for batch_idx, (data, _) in enumerate(train_loader):
data = Variable(data)
optimizer.zero_grad()
recon_batch, mu, logvar = model(data)
loss = loss_function(recon_batch, data, mu, logvar)
loss.backward()
train_loss += loss.item()
optimizer.step()
print('Train Epoch: {} \tAverage loss: {:.6f}'.format(
epoch, train_loss / len(train_loader.dataset)))
# Loss function for VAE (Reconstruction + KL Divergence)
def loss_function(recon_x, x, mu, logvar):
BCE = F.binary_cross_entropy(recon_x, x.view(-1, 784), reduction='sum')
# KL divergence
# D_KL(Q || P)
# Where Q is the learned posterior distribution and P is the prior distribution.
# We assume P = N(0, I)
# The formula for KL is:
# D_KL(Q || P) = 0.5 * sum(1 + log(sigma^2) - mu^2 - sigma^2)
# Where mu and sigma are the parameters of the learned distribution.
# In this case we are approximating the true posterior Q using a Gaussian distribution.
# The prior distribution P is a standard Gaussian, N(0, 1)
# So the KL term is regularizing the latent space to follow a standard Gaussian.
# Therefore, the final loss is a combination of the reconstruction loss and the KL loss.
# More info: https://arxiv.org/abs/1312.6114
# KL divergence
M = mu.pow(2).sum(1)
S = logvar.exp().sum(1)
return BCE + 0.5 * (M + S - 20 - logvar.sum())
# Example training
for epoch in range(1, 11):
train(epoch)
このコードは、変分オートエンコーダ(VAE)を使って画像の再構成を行うもので、VAEは予測符号化に基づき、潜在空間から次に来るデータを予測し、実際のデータとの誤差(損失)を最小化するように学習している。画像の認識や再構成に使うことで、脳がどのように予測を行うかのシミュレーションになる。
2. 強化学習を使った自己改善システム
実装例:DQN(Deep Q-Network)によるゲーム学習
強化学習を使って、エージェントが環境と相互作用し、学習していく過程を実装します。脳が行動と結果を基に改善していくのと似た過程となる。
import gym
import torch
import torch.nn as nn
import torch.optim as optim
import numpy as np
from collections import deque
import random
# Define the DQN Model
class DQN(nn.Module):
def __init__(self, input_dim, output_dim):
super(DQN, self).__init__()
self.fc1 = nn.Linear(input_dim, 128)
self.fc2 = nn.Linear(128, 128)
self.fc3 = nn.Linear(128, output_dim)
def forward(self, x):
x = torch.relu(self.fc1(x))
x = torch.relu(self.fc2(x))
return self.fc3(x)
# Set up the environment (e.g., CartPole)
env = gym.make('CartPole-v1')
# Hyperparameters
state_dim = env.observation_space.shape[0]
action_dim = env.action_space.n
learning_rate = 0.001
gamma = 0.99
epsilon = 0.1
batch_size = 64
buffer_size = 10000
target_update_freq = 10
# Initialize the Q-network and target network
q_network = DQN(state_dim, action_dim)
target_network = DQN(state_dim, action_dim)
target_network.load_state_dict(q_network.state_dict())
optimizer = optim.Adam(q_network.parameters(), lr=learning_rate)
memory = deque(maxlen=buffer_size)
# Epsilon-Greedy policy for exploration
def epsilon_greedy_policy(state):
if random.random() < epsilon: return env.action_space.sample() # Random action else: with torch.no_grad(): return torch.argmax(q_network(torch.tensor(state, dtype=torch.float32))).item() # Training loop for episode in range(500): state = env.reset() done = False total_reward = 0 while not done: action = epsilon_greedy_policy(state) next_state, reward, done, _ = env.step(action) memory.append((state, action, reward, next_state, done)) if len(memory) > batch_size:
batch = random.sample(memory, batch_size)
states, actions, rewards, next_states, dones = zip(*batch)
# Convert data to tensor
states = torch.tensor(states, dtype=torch.float32)
actions = torch.tensor(actions, dtype=torch.int64)
rewards = torch.tensor(rewards, dtype=torch.float32)
next_states = torch.tensor(next_states, dtype=torch.float32)
dones = torch.tensor(dones, dtype=torch.uint8)
# Compute the Q values
q_values = q_network(states).gather(1, actions.unsqueeze(1)).squeeze(1)
next_q_values = target_network(next_states).max(1)[0]
target = rewards + gamma * next_q_values * (1 - dones)
# Compute loss
loss = torch.mean((q_values - target.detach()) ** 2)
# Optimize the Q-network
optimizer.zero_grad()
loss.backward()
optimizer.step()
state = next_state
total_reward += reward
# Update the target network
if episode % target_update_freq == 0:
target_network.load_state_dict(q_network.state_dict())
print(f"Episode {episode}, Total Reward: {total_reward}")
このコードは、Deep Q-Network (DQN) を使って、強化学習を通じてエージェントが環境内での行動を最適化するもので、AIは報酬を最大化するために、過去の経験に基づいて次の行動を選択している。これは脳が経験から学習し、次の最適な行動を予測する過程を模倣している。
3. 多モーダル統合による認識
実装例:音声と視覚情報の統合による認識
音声認識と画像認識を統合するAIシステムを使って、視覚と聴覚を組み合わせて世界を認識するAIモデルを構築する。
import torch
import torch.nn as nn
import torchvision.models as models
import torchaudio
from torchaudio.transforms import MelSpectrogram
# Vision model (ResNet18)
vision_model = models.resnet18(pretrained=True)
vision_model.fc = nn.Linear(vision_model.fc.in_features, 100) # Output layer for our case
# Audio model
class AudioModel(nn.Module):
def __init__(self):
super(AudioModel, self).__init__()
self.mel_spec = MelSpectrogram()
self.lstm = nn.LSTM(input_size=64, hidden_size=128, num_layers=2, batch_first=True)
self.fc = nn.Linear(128, 100) # Output layer
def forward(self, x):
x = self.mel_spec(x)
_, (hn, _) = self.lstm(x)
return self.fc(hn[-1])
# Example inputs (image and audio)
image = torch.randn(1, 3, 224, 224) # Random image (batch_size, channels, height, width)
audio = torch.randn(1, 16000) # Random audio signal (batch_size, samples)
# Forward pass for vision and audio
vision_output = vision_model(image)
audio_model = AudioModel()
audio_output = audio_model(audio)
# Combine both outputs (e.g., for joint classification task)
combined_output = vision_output + audio_output
この例では、画像認識 と 音声認識 を別々に行い、それらを統合して最終的な認識結果を得るモデルを示している。脳は視覚や聴覚情報を統合して世界を認識するため、このシステムはそのメカニズムを模倣している。
参考図書
参考図書について述べる。
6. The Age of Em: Work, Love, and Life when Robots Rule the Earth
コメント