TransGanの概要
TransGAN は、世界で初めて 純粋な Transformer アーキテクチャのみを用いた GAN(Generative Adversarial Network) として提案されたものとなる。
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論文名:TransGAN: Two Transformers Can Make One Strong GAN
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著者:Yifan Jiang ほか
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発表先:NeurIPS 2021
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特徴:CNNを一切使わず、Transformerだけで構成されたGAN
従来の GAN の多くは CNN(畳み込みニューラルネットワーク) をベースとしており、画像生成には局所的な畳み込み処理が必須と考えられてきた。TransGAN はこれを打ち破り、自己注意機構(Self-Attention)のみで画像生成を可能にした点が大きな注目を集めた。
TransGANの構成は、TransformerベースのGenerator(生成器)とDiscriminator(識別器)という2つの主要要素から成り立っている。
生成器は、正規分布に従うノイズベクトルを入力として受け取り、それをパッチ化された特徴トークンへと変換した上で、複数のTransformerエンコーダブロックを通して画像の構造を学習し、最終的にトークンを結合して線形射影によって画像として出力する。
一方、識別器は入力画像を小さなパッチに分割し、それらをトークンとして扱い、Vision Transformer(ViT)に類似した構造を通じて処理し、入力が本物か偽物かを判別する。
このアーキテクチャには、Transformer特有の技術的工夫が随所に見られる。画像をパッチ単位で処理する方式や、位置埋め込み(Positional Encoding)、Layer NormalizationやGELUといった安定化手法が導入されているほか、通常は大量のデータを必要とするTransformerの訓練を少量データでも可能にするための最適化も施されている。また、GAN特有の学習の不安定さを克服するために、スペクトルノルムや損失関数の工夫、ウォームアップスケジュールなどの技術も採用されている。
性能面においても、TransGANはCIFAR-10、CelebA、LSUNなどの代表的な画像データセットで高い評価を受けており、従来のCNNベースのDCGANやStyleGANと比較しても遜色ない、あるいは一部でそれらを上回る結果を示している。これは、「Transformerのみでも高品質な画像生成が可能である」ことを世界に証明した重要な成果である。
TransGANは、ViTやGANformer、さらにTransformerを用いた非GAN系モデルであるImage GPTやDALL·Eといった関連モデルとの比較・発展の観点からも注目される。なかでも「Self-Attention × 生成」の可能性を切り拓いた点において、TransGANは今後の生成モデル研究における礎となる存在となっている。
関連するアルゴリズム
TransGAN に関連するアルゴリズムは、大きく分けて以下の3系統に分類される。
1. Transformer × 画像生成の系統
近年、Transformerアーキテクチャを画像生成に応用する試みが数多く登場している。従来のCNNに依存した手法とは異なり、これらの手法は「画像=トークンの列」として扱うことで、視覚的生成に新たな可能性を開いている。TransGANもその一翼を担う画期的なモデルだが、以下に他の代表的なモデルとの関係を整理して述べる。
ViT(Vision Transformer)
画像を小さなパッチに分割し、トークンとして処理するTransformerモデル(主に分類タスク向け)。
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TransGANとの関係:TransGANの識別器(Discriminator)はViTに着想を得ており、同様のパッチベースの構造と自己注意機構を採用している。
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Image GPT
画像をトークン列として扱い、自己回帰的(auto-regressive)に生成するモデル。
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TransGANとの関係:Image GPTはGANではなく、生成方式も異なるが、「Transformerで画像を生成できる」という先駆的な成果としてTransGANの登場に道を拓いたといえる。
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DALL·E / DALL·E 2
テキストを入力とし、画像を生成するモデル。Transformerと拡散モデル(Diffusion)を組み合わせて構築。
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TransGANとの関係:敵対的生成ではなく、異なる原理で画像生成を行っているが、Transformerをベースにした生成アプローチという点で同系統に位置づけられている。
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GANformer
自己注意(Self-Attention)と交差注意(Cross-Attention)を組み合わせたハイブリッド型のGAN。
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TransGANとの関係:どちらも「Transformer × GAN」という融合を目指すモデルだが、GANformerはより複雑な注意機構を持ち、情報の伝達や意味構造の保持に重点を置いた構成となっている。
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Styleformer
StyleGANの構造をTransformerに置き換えたモデルで、スタイル制御をTransformerベースで実現。
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TransGANとの関係:TransGANはTransformerのみで画像を生成できることを示した一方、Styleformerは「高精度生成+スタイル制御」を目的とした発展型であり、制御性に重きを置いている。
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これらのモデルは、Transformerが自然言語処理だけでなく、視覚生成の分野でも極めて有効であることを示すもので、特にTransGANは、CNNを一切用いず、自己注意だけで画像を生成できることを証明した初のフルTransformer型GANとして、そのシンプルさと可能性の広がりにおいて、今後の研究・開発における基盤的な位置を占める存在となっている。
2. Transformer × GAN 系(同一目的のモデル群)
Transformerをベースにした画像生成の文脈では、TransGANを嚆矢として、さまざまなTransformer-GANモデルが登場している。これらのモデルはすべて、CNNに依存せず、またはTransformerを補完的に導入することで、生成の自由度・精度・条件対応性を高めることを目的としている。以下は代表的なモデルとその特徴の比較となる。
TransGAN
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特徴:CNNを一切使わず、完全にTransformerベースで構成されたGAN。
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備考:世界初の「純Transformer-GAN」として、生成器と識別器の両方に自己注意を導入し、画像生成における新たな可能性を切り拓いた先駆的モデル。
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ViTGAN
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特徴:判別器にVision Transformer(ViT)構造を採用。生成器はTransGANとは異なる設計。
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備考:TransGANと類似の構造的思想を持つが、生成側における構成や位置情報の取り扱いに違いが見られる。ViTを識別に特化させることで分類性能を高めている。
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StyleSwin
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特徴:Swin Transformer(Shifted Window)をベースに、高解像度の画像生成に特化。
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備考:TransGANより後に登場し、スタイル制御や細部表現に優れており、特に画像の局所・大域的特徴をバランスよく捉える点で高評価。StyleGANとTransformerのハイブリッド的発展形ともいえる。
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T2I-Adapter + GAN
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特徴:テキスト条件付き画像生成(Text-to-Image)において、TransformerベースのT2I-AdapterとGANを組み合わせ。
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備考:単なる画像生成から一歩進んで、条件付き生成という高度な応用領域に対応。Transformerが持つ文脈理解力とGANの生成能力を融合することで、多様な入力条件に応じた柔軟な出力を実現している。
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これらのモデル群はすべて、「Transformer × GAN」という組み合わせの可能性を拡張するものであり、
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TransGANが「CNN不要」という大胆な構成で基礎を築き、
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ViTGANがその構造をより識別性能に特化させ、
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StyleSwinが高解像度やスタイル表現に対応し、
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T2I-Adapter + GANがマルチモーダルな条件付き生成へと展開する
といったように、それぞれ異なる方向に進化を遂げている。これらは単なる技術的バリエーションではなく、Transformerが持つ柔軟性を活かしたGAN設計の進化の系譜を示すものと言える。
3. 従来のGAN系(比較対象・影響元)
TransGANの登場以前、GANベースの画像生成においては、主にCNN(畳み込みニューラルネットワーク)を中核としたモデルが主流であった。これらのモデルは、高品質な画像生成の基盤を築いた一方で、TransGANのようなTransformerベースモデルの開発において、比較対象・参照構造・設計思想の出発点として重要な役割を果たしている。以下に代表的な従来型GANとTransGANとの関係を述べる。
DCGAN(Deep Convolutional GAN)
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概要:CNNベースの最も基本的なGAN構造。シンプルで広く応用される。
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TransGANとの関係:最もベーシックな構成を持つGANとして、TransGANの性能比較対象とされている。CNNベースでの画像生成性能と、Transformerによる生成性能の差異や強みを評価する上でのベンチマークとなる。
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StyleGAN / StyleGAN2
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概要:スタイル制御や高精細な画像生成を可能にする、GANの代表的高性能モデル。
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TransGANとの関係:**Transformerでスタイル制御を実現しようとする試み(例:Styleformerなど)**の出発点として、StyleGANはベースライン的存在となっている。TransGAN自体はスタイル制御を主眼にはしていないが、構造的・視覚品質面でしばしば比較される。
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BigGAN
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概要:ImageNetなどの大規模データセットを用い、高解像度・高品質な画像生成を実現したモデル。
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TransGANとの関係:BigGANはスケール性と学習安定性の観点から、Transformerによる代替可能性が議論される代表モデルである。TransGANは、このような高性能CNNモデルに対して、非CNN構成でも近い性能が得られることを示す挑戦でもある。
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Progressive GAN(Progressive Growing of GANs)
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概要:低解像度から高解像度へと段階的に学習を進めることで安定性と品質を向上させたモデル。
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TransGANとの関係:この段階的学習戦略は、Transformerベースのスケーラブルな学習設計のヒントとしてTransGANにも影響を与えている。Transformerは構造上スケーラビリティに優れており、この思想と親和性が高い。
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従来のCNNベースのGANモデルは、高品質な画像生成の技術的到達点を示しており、TransGANのような新しいアーキテクチャを評価・設計する際の重要な「比較対象」や「発展的参照点」となっている。
特に、
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DCGAN:ベーシックな性能比較の指標
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StyleGAN:視覚品質・制御性のベースライン
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BigGAN:大規模・高解像度生成への挑戦目標
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Progressive GAN:学習安定性とスケーラビリティの設計指針
といった点で、TransGANはこれらの蓄積を踏まえつつ、CNNという制約を超えてTransformerだけでどこまで表現可能かという問いに挑戦していると言える。
応用実装例
以下に、TransGAN の応用実装例(簡易版) を示す。ここでは PyTorch ベースで、Transformer アーキテクチャを用いて CIFAR-10 レベルの低解像度画像を生成する例について述べている。
前提構成
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Generator: ノイズベクトル → トークン → Transformer → パッチ画像へ再構成
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Discriminator: 入力画像 → パッチ分割 → Transformer → 本物/偽物判定
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CNN ゼロ、純 Transformer 構成
1. 環境構築(PyTorch)
pip install torch torchvision
2. Generator の簡易実装(Transformerベース)
import torch
import torch.nn as nn
class TransformerGenerator(nn.Module):
def __init__(self, latent_dim=128, img_size=32, patch_size=4, dim=256, depth=6, heads=4):
super().__init__()
num_patches = (img_size // patch_size) ** 2
self.patch_size = patch_size
self.img_size = img_size
self.dim = dim
self.latent_proj = nn.Linear(latent_dim, num_patches * dim)
self.transformer = nn.TransformerEncoder(
nn.TransformerEncoderLayer(d_model=dim, nhead=heads), num_layers=depth
)
self.out_proj = nn.Linear(dim, patch_size * patch_size * 3)
def forward(self, z): # z: (batch, latent_dim)
batch = z.shape[0]
tokens = self.latent_proj(z).view(batch, -1, self.dim) # (batch, N, dim)
tokens = self.transformer(tokens) # (batch, N, dim)
patches = self.out_proj(tokens) # (batch, N, patch_pixels)
patches = patches.view(batch, self.img_size, self.img_size, 3).permute(0, 3, 1, 2)
return patches # (batch, 3, H, W)
3. Discriminator の簡易実装(ViT風)
class TransformerDiscriminator(nn.Module):
def __init__(self, img_size=32, patch_size=4, dim=256, depth=6, heads=4):
super().__init__()
num_patches = (img_size // patch_size) ** 2
self.patch_embed = nn.Conv2d(3, dim, kernel_size=patch_size, stride=patch_size)
self.transformer = nn.TransformerEncoder(
nn.TransformerEncoderLayer(d_model=dim, nhead=heads), num_layers=depth
)
self.classifier = nn.Linear(dim, 1)
def forward(self, x): # x: (batch, 3, H, W)
patches = self.patch_embed(x) # (batch, dim, H', W')
tokens = patches.flatten(2).transpose(1, 2) # (batch, N, dim)
out = self.transformer(tokens) # (batch, N, dim)
global_token = out.mean(dim=1) # (batch, dim)
return self.classifier(global_token).squeeze(1) # (batch,)
4. トレーニングの概要(擬似コード)
G = TransformerGenerator()
D = TransformerDiscriminator()
z = torch.randn(64, 128)
fake_images = G(z)
real_images = next(iter(data_loader)) # CIFAR-10など
# discriminator loss
real_score = D(real_images)
fake_score = D(fake_images.detach())
loss_D = -torch.mean(real_score) + torch.mean(fake_score)
# generator loss
loss_G = -torch.mean(D(fake_images))
応用事例
以下に、TransGAN(TransformerベースのGAN)の具体的な適用事例について述べる。
1. 低解像度画像生成(CIFAR-10、CelebAなど)
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32×32〜64×64の低解像度画像を対象とした無条件生成
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CNNを一切使わず自然画像生成に成功
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CIFAR-10やCelebAの生成タスクに応用
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CNN依存性を排除したアブレーションベースラインとして利用
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2. Transformerベース構造のベンチマーク評価
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Transformerによる画像生成の有効性を評価
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ViTGAN, GANformer, Styleformer との比較ベースラインに
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CNNの inductive bias を使わずにどこまで生成できるかを検証
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3. 生成の可視化と解釈可能性
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Attention 機構によって生成過程の視覚的解釈が可能
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CNNよりもブラックボックス性が低減
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医用画像や異常検知の信頼性評価に応用
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4. 汎Transformerモデルとの統合利用
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生成(TransGAN)と分類(ViT)を統一的にTransformerで構築
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モジュールの再利用が容易(生成・分類・変換の間で)
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事前学習済みTransformerのfine-tuningによる応用も可能
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5. 新しいGANアーキテクチャ設計の出発点
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CNNを用いない生成モデル研究の基盤
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UNet、Diffusionモデルなどとの統合に発展
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高解像度対応の拡張版(例:TransGAN2, StyleSwin)の実験基盤に
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6. 生成品質と表現学習の評価
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Inception Score(IS)、FIDなどの指標で評価可能
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CIFAR-10でFID ≈ 8.6(TransGAN-128)を記録
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DCGAN(FID ≈ 26)より大幅に優れた性能を確認
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参考文献
以下に、TransGAN(Transformer-based GAN) に関する参考文献について述べる。
1. 原典論文(TransGAN 本体)
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Jiang, Yifan, et al. (2021)
TransGAN: Two Transformers Can Make One Strong GAN-
CNNを使わずTransformerのみで構成された初のGAN
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CIFAR-10やCelebAで高品質な画像生成を達成
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🔗 GitHub: https://github.com/VITA-Group/TransGAN
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2. 関連研究(Transformer × GAN)
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Hudson & Zitnick (2021)
Generative Adversarial Transformers-
Self-/Cross-Attentionを組み合わせたTransformer-GAN(CNNとのハイブリッド)
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Touvron et al. (2020)
DeiT: Data-efficient Image Transformers-
ViTの軽量訓練手法。TransGANの識別器設計に影響
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3. 技術背景・理論基盤
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Dosovitskiy et al. (2020)
An Image is Worth 16×16 Words: Transformers for Image Recognition at Scale (ViT)-
パッチ分割・位置埋め込みなどのViT原典
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Goodfellow et al. (2014)
Generative Adversarial Nets-
GANの原点となる論文
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4. 実装リソース・チュートリアル
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公式PyTorch実装
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Vision Transformer応用解説
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TransGANのベンチマークスコア一覧
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