Black-Box Variational Inference (BBVI)の概要
Black-Box Variational Inference (BBVI)は、確率的プログラミングやベイジアン統計モデリングにおいて、複雑な確率モデルの事後分布を近似するための変分推論法の一種であり、変分推論は、事後分布を解析的に解くことが難しい場合に、近似的な手法を使って推論を行うものとなる。
BBVIは”Black-Box”と呼ばれるのは、推論対象の確率モデルがブラックボックスとして扱われ、モデル自体の内部構造や尤度関数の形に依存せずに適用できるためであり、BBVIはモデルを確率分布の黒い箱(Black Box)として捉え、その内部構造を知らなくても推論が可能な手法と言える。
BBVIの主なアイディアは、事後分布の変分分布(Variational Distribution)を導入し、この変分分布を用いて真の事後分布を近似することとなる。変分分布はあるパラメータセットに対する尤度が高い領域に集中するように設計され、真の事後分布との間で適切な距離を最小化するように学習される。
BBVIの手順は以下のように概括される。
1. 変分分布の選択: 近似するための変分分布を選択する。通常、変分分布は事後分布に対して十分な柔軟性を持ちつつも、計算が可能であるものが選ばれる。
2. エビデンス下界(Evidence Lower BOund, ELBO)の最大化: 変分推論の目的関数であるエビデンス下界を最大化する。ELBOは”カルバック・ライブラー変分推定の概要と各種アルゴリズム及び実装“でも述べているKLダイバージェンス(Kullback-Leibler Divergence)を用いて真の事後分布と変分分布の距離を表すもので、最大化することで事後分布の近似を行う。
3. 勾配法を用いた最適化: ELBOを最大化するために、”勾配法の概要とアルゴリズムおよび実装例について“で述べている勾配法やその変種を用いて変分分布のパラメータを更新する。このとき、モデルの尤度関数を評価する必要があるが、これができるだけブラックボックスであることがBBVIの特徴となる。
BBVIはモデルに対する事前知識が乏しい場合や、複雑な確率モデルを扱う際に有用であり、特に大規模なデータセットや高次元のパラメータ空間においても適用が可能な手法となる。
Black-Box Variational Inference (BBVI)に用いられるアルゴリズムについて
Black-Box Variational Inference (BBVI) では、変分推論の一環としてエビデンス下界(Evidence Lower Bound, ELBO)を最大化するような最適化問題を解く必要がある。ここでは、BBVIにおいてよく使用される最適化アルゴリズムや手法について述べる。
1. 勾配法(Gradient Ascent):
BBVIでは、ELBOを最大化するために勾配法が一般的に使用されている。ELBOは変分分布と真の事後分布とのKLダイバージェンスの下界であり、この下界を最大化することで真の事後分布に近づけようとする。パラメータの勾配は、ELBOのパラメータに関する微分を計算することによって得られ、これを用いてパラメータを更新する。詳細は”勾配法の概要とアルゴリズムおよび実装例について“を参照のこと。
2. 確率的勾配法(Stochastic Gradient Ascent, SGA):
データが大規模である場合、ELBOの勾配を全データで計算するのは計算上のコストが高い。確率的勾配法は、ランダムに選択されたサブセット(ミニバッチ)のデータを用いて勾配を推定し、更新を行うもので、これにより、モデルが大規模なデータセットに対しても効率的に学習できるようになる。詳細は”確率的勾配降下法(Stochastic Gradient Descent, SGD)の概要とアルゴリズム及び実装例について“を参照のこと。
3. 自然勾配法(Natural Gradient Descent):
通常の勾配法は、パラメータ空間がユークリッド空間であると仮定しているものとなる。しかし、確率分布のパラメータは通常制約を持ち、自然勾配法は、パラメータ空間における適切なメトリック(”フィッシャー情報行列の概要と関連アルゴリズム及び実装例について“で述べているフィッシャー情報行列の逆行列)を考慮して勾配を更新する手法となる。詳細は”自然勾配法の概要とアルゴリズム及び実装例について“を参照のこと。
4. ブラックボックス最適化(Black-Box Optimization):
BBVIでは、モデルや尤度関数がブラックボックスとされることがあり、そのため、ブラックボックス最適化の手法が変分推論に適用されることがある。
Black-Box Variational Inference (BBVI)の適用事例について
Black-Box Variational Inference (BBVI) は、様々なベイジアンモデリングの問題に適用されている。以下に具体的な適用事例について述べる。
1. 確率的プログラミング:
BBVIは、”Clojureを用いた確率的プログラミング(Probabilistic Programming)“で述べているような確率的プログラミングにおいて広く使用されている。確率的プログラミングは、確率モデルを記述し、そのモデルに基づいて推論を行う手法で、BBVIはモデルがブラックボックスである場合に役立つ。
2. 深層生成モデル:
ディープラーニングの生成モデル(Generative Models)において、BBVIが使われている。例えば、”変分オートエンコーダ変分 (Variational Autoencoder, VAE)の概要とアルゴリズム及び実装例について“に述べている変分オートエンコーダ(Variational Autoencoder, VAE)などがその一例となる。
3. 大規模データセット:
BBVIは大規模なデータセットに対しても効果的な手法となる。”確率的勾配降下法(Stochastic Gradient Descent, SGD)の概要とアルゴリズム及び実装例について“で述べている確率的勾配法を用いてミニバッチを用いた勾配の計算を行うことで、計算コストを削減しつつモデルの学習が可能となる。
4. ベイジアンニューラルネットワーク:
ニューラルネットワークをベイジアンモデルに組み込んだベイジアンニューラルネットワーク(BNN)においてもBBVIが利用され、ネットワークのパラメータの不確実性を推論する際に有効となる。詳細は”ベイズ深層学習の概要と適用事例及び実装例“を参照のこと。
5. 統計モデリング:
様々な統計モデリングの問題においてもBBVIは適用されている。これには例えば、”個性とパラメータの推定(階層ベイズモデルの解釈)“で述べている階層ベイズモデルや時間依存性を持つモデルなどが含まれる。
6. ブラックボックス最適化:
BBVIはブラックボックス最適化の手法としても応用され、目的関数が不明確であり、しかも微分可能であると仮定される場面での最適化問題に使用されている。
これらの事例からもわかるように、BBVIは様々なベイジアンモデリングの複雑さやデータの大規模性に対処する手法として広く適用される手法となる。
Black-Box Variational Inference (BBVI)の実装例について
BBVIの実装例は、プログラミング言語やライブラリによって異なる。ここでは、PythonとNumPyを用いたシンプルなBBVIの実装例を示す。なお、実際のアプリケーションにおいては、より高度な確率的プログラミングフレームワークやライブラリ(Stan、PyMC3、Edward、TensorFlow Probabilityなど)が利用されることが一般的となる。
以下の例では、1次元の正規分布を近似する BBVI を実装している。
import numpy as np
import scipy.stats as stats
def normal_density(x, mean, std):
"""
正規分布の確率密度関数
"""
return np.exp(-(x - mean)**2 / (2 * std**2)) / np.sqrt(2 * np.pi * std**2)
def sample_from_q(params, num_samples=1):
"""
パラメータからサンプルを生成する変分分布 q
"""
return np.random.normal(params[0], np.exp(params[1]), num_samples)
def bbvi(target_log_density, q_density, q_params, num_samples=100, num_iterations=1000, learning_rate=0.01):
"""
Black-Box Variational Inference (BBVI) の実装
"""
for _ in range(num_iterations):
# パラメータをサンプリング
samples = sample_from_q(q_params, num_samples)
# サンプルの勾配の期待値を計算
grad_expected_log_density = np.mean(target_log_density(samples) * (samples - q_params[0]) / np.exp(q_params[1]))
# パラメータの更新
q_params[0] += learning_rate * grad_expected_log_density
q_params[1] += learning_rate * 0.5 * (np.mean(samples**2) / np.exp(q_params[1]) - 1)
return q_params
# 正規分布を近似する対象の確率密度関数
def target_log_density(x):
return np.log(normal_density(x, 5, 2))
# 変分分布 q の初期パラメータ
q_params = [0.0, 0.0]
# BBVI の実行
q_params = bbvi(target_log_density, normal_density, q_params)
# 結果の表示
print("真の分布のパラメータ: mean=5, std=2")
print("変分分布 q の学習結果: mean={}, std={}".format(q_params[0], np.exp(q_params[1])))
この例では、normal_density
関数で正規分布の確率密度関数を定義し、sample_from_q
関数で変分分布 からサンプルを生成し、bbvi
関数で BBVI を実装している。
Black-Box Variational Inference (BBVI)の課題と対応策について
Black-Box Variational Inference (BBVI) は強力な変分推論手法だが、いくつかの課題にも直面している。以下にBBVIの主な課題とそれに対する対応策について述べる。
1. 局所最適解への収束:
課題: BBVIが局所最適解に収束する可能性があり、変分分布の形やハイパーパラメータの初期値によって、収束先が異なる。
対応策: 複数の初期値から開始し、異なる局所最適解を探索することで、より良い解を見つける可能性がある。また、変分オプティマイザのハイパーパラメータ(学習率など)の調整も重要となる。
2. サンプルサイズと計算コスト:
課題: モンテカルロ法を利用するため、サンプルサイズを増やすと計算コストが高くなる。また、高い次元のパラメータ空間ではサンプリングがより困難になる。
対応策: 高速なサンプリング手法や効率的な計算手法の導入、またはミニバッチ勾配法の使用などが有効となる。また、モデルの特性に合わせてサンプルサイズを調整することも考慮される。
3. 変分分布の適切な選択:
課題: 適切な変分分布を選択することが難しい場合があり、変分分布の形状が真の事後分布との適合性に影響を与える。
対応策: ドメイン知識や経験に基づいて変分分布を選択することが重要となる。柔軟性のある変分分布ファミリーの使用も考慮される。
4. 高次元パラメータ空間:
課題: 高次元のパラメータ空間では、計算の高コストや収束の遅さが問題になる。
対応策: 高次元空間では特に効率的なサンプリング手法や変分推論手法の工夫が必要であり、モデルの次元削減や、部分的な変分推論の適用が考慮される。
5. 非ガウス分布への適用:
課題: BBVIは変分分布にガウス分布を仮定していることが一般的であり、非ガウス分布に対する適用が難しいことがある。
対応策: ガウス分布以外の変分分布を使用するための工夫や、変分分布の変更に伴う推論手法の改善が必要となる。
参考図書と参考情報
ベイズ推定の詳細情報については”確率的生成モデルについて“、”ベイズ推論とグラフィカルモデルによる機械学習“、”ノンパラメトリックベイズとガウス過程について“等に述べているので、これらを参照のこと。
ベイズ推定の参考図書としては”異端の統計学 ベイズ“
“機械学習スタートアップシリーズ ベイズ推論による機械学習入門“
“Pythonではじめるベイズ機械学習入門“等がある。
基礎と理論を学ぶための参考書
1. “Pattern Recognition and Machine Learning” by Christopher M. Bishop
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概要:変分ベイズの基本がしっかり解説されています。BBVI自体は載っていないが、前提知識としてとても重要。
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特に:第10章「Approximate Inference」
2. “Machine Learning: A Probabilistic Perspective” by Kevin P. Murphy
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概要:変分推論や確率モデル、MCMCとの比較が丁寧に記述されている。BBVIを理解するためのベースとして非常に良い一冊。
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特に:第21章「Variational Inference」
3. “Bayesian Reasoning and Machine Learning” by David Barber
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概要:無料でオンラインでも読める。変分法のアルゴリズムが豊富に紹介されている。
BBVIに直接関連する専門的文献・論文
4. “Black Box Variational Inference” (Ranganath et al., 2014)
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概要:BBVIの元論文。スコア関数推定器(REINFORCE)を用いて、尤度関数に依存せず勾配推定を可能にした手法。
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ポイント:勾配推定にスコア関数を使うという革新が記載されている。
5. “Auto-Encoding Variational Bayes” (Kingma and Welling, 2013)
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概要:BBVIとは別アプローチだが、reparameterization trick を導入し、BBVIとしばしば併用される。
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応用面でも非常に重要(VAEの基礎論文)
6. “Variational Inference: A Review for Statisticians” (Blei et al., 2017)
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概要:変分推論の包括的なレビュー。BBVIの位置付けが非常に明確。
実装と応用を知るためのリソース
7. “Probabilistic Programming and Bayesian Methods for Hackers” by Cameron Davidson-Pilon
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GitHubで公開されている本格チュートリアル本。PyMCなどでの実装例も豊富。
8. “Deep Learning” by Ian Goodfellow, Yoshua Bengio, and Aaron Courville
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第19章で変分法、VAE、そしてreparameterization trick を取り扱っており、BBVIと組み合わせる技術を知る上で有用。
日本語で学びたい場合
9. 『ベイズ深層学習』
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