無可不無可

禅:Zen

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無可不無可

禅においては、あらゆるものが無条件に受け入れられる状態を「無」と表現し、その境地を目指す修行が行われる。

「無可不可」という表現は、「どんな状況でも、その状況自体を受け入れ、それに応じた行動を取ることができる」という、禅の境地を表す言葉として解釈されることがある。つまり、自分が直面する全ての状況を受け入れ、その状況に適した行動をとることができるようになることが目指される。

また、玄侑宗久著作の禅的生活 (ちくま新書)

の最初に記述されている「無可不無可」(可もなく不可もなし)では、一般的な日本語の使い方だと、「特に優れているわけでもないけれど、特別ひどいわけでもない」という意味で使われるのに対して、禅の世界だと、「自分が為すべきことや為してはならないこと、あるいはこれがOKでこれがダメと決めつけてはいけない」という言葉で捉えられると述べられている。

禅の世界では「さまざまな縁によって発現する自分の可能性は本当は無限であり、できるかできないかをやってみる前に判断するのは自分の可能性をみくびることだ」と解釈することで、例えば「疲れたからアクビが出て、早く寝ようと考える」ことに関して単純に「自分は疲れている」と考えるだけでなく、「アクビによって脳内の酸素が著しく補われ、リラックスして心身ともに気持ちよくなるので、アクビを意識的にしてみたらどうか」と考えるポジティブな視点が生まれてくると述べられている。

禅では心と体の観点でこれらを捉えて、座禅とか最近のアプローチではマインドフルネスの方向に進むのだが、この話はどんなアンコントロールに見える状況であろうと可能性は無限大にあり、思考停止せずに考えていけば何らかの形でコントロールできる方向が考えられるはずだ、と言うことを示している。

 

コメント

  1. […] 以前「無可不無可」で述べたように、無限の可能性のある未来に向けて思いを馳せながら「今」に最大限没入して楽しみつくす生き方が出来るとベストなのだろう。そのためには今自分が背負っている役割に100%没入してそれを遊んでしまえることが重要だと禅の世界では語られている。 […]

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