CBR×MAS×LLM

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概要

ケースベース推論の概要と適用事例と実装“で述べているケースベース推論(CBR)と”グラフニューラルネットワークを用いたマルチエージェントシステムの概要と実装例“等で述べているマルチエージェントシステム(MAS)そしてLLM を組み合わせたものは、非常に強力で、従来のCBRが苦手だった柔軟な知識表現や未知状況への適応を大きく強化することが期待されている。
以下に、考えられる組み合わせパターンについて整理する。

1. LLMがCBRの「ケース検索」を高度化するパターン

  • 従来のCBR課題:類似度計算が単純(ベクトル距離や属性一致)だと、意味的に近いケースを見落とす。

  • LLM活用:問題文や事例の記述を意味ベクトル(埋め込み)化し、意味的に類似したケースを検索。OpenAI Embeddings、BERT/SentenceTransformersなどで事例ベクトル化。

  • MASとの連携例:各エージェントが独自のドメイン知識ベースを持ち、LLMで類似事例を横断的に検索して共有。

2. LLMがCBRの「解決策適用・修正」を担当するパターン

  • 従来のCBR課題:過去の解決策がそのまま使えない場合、修正ルール設計が難しい。

  • LLM活用:「過去の解決策」と「新しい状況の違い」を入力し、解決策の修正版を自然言語で生成。Few-shotプロンプトにより、過去のケースを例示して改善案を提案。

  • MASとの連携例:調整エージェントが他エージェントの提案をまとめ、LLMで最終案を生成。

3. LLMが「新しいケース生成・学習」を支援するパターン

  • 従来のCBR課題:蓄積されたケースが偏っていると未知の状況に対応できない。

  • LLM活用:現有ケースから「似たが異なる仮想ケース」を自動生成してケースベースを拡張(データ拡張)。シミュレーションや対話から得た新ケースの要約・構造化を自動化。

  • MASとの連携例:探索エージェントが現場で取得した生データをLLMが加工し、共有ケースベースに登録。

4. LLMが「マルチエージェント間の知識共有・交渉」を自然言語で行うパターン

  • 従来のMAS課題:異なるエージェント間での知識表現形式の違いによる情報共有の難しさ。

  • LLM活用:エージェント間の知識や事例を自然言語で翻訳・要約し、他のエージェントが理解可能な形に変換。複数のケースを統合して全体戦略を提示。

  • MASとの連携例:協調交渉シナリオで、各エージェントの提案や過去事例をLLMが要約・評価し、合意形成を促進。

5. 実装アーキテクチャ例

マルチエージェントシステム(MAS)内の各エージェントが、ケースベース推論(CBR)と大規模言語モデル(LLM)を組み合わせて活用する構成について検討してみる。

まず、観測エージェントは環境や対象システムから最新のデータを収集する。取得したデータは、ベクトルデータベース(Pinecone、Weaviate、Chromaなど)を用いた意味検索により、過去の類似事例が抽出される。

次に、CBRエージェントが過去事例の中から最も関連性の高いケースを選定し、LLMエージェントに引き渡す。LLMエージェント(GPT-4、Claude、LLaMAなど)は、与えられた事例を元に修正・要約を行い、現在の状況に適合する提案を生成する。

協調エージェントは、MAS内の他のエージェントとの情報共有や調整を行い、複数の提案や情報を統合する。最後に、実行エージェントが確定した行動計画を実環境に適用し、フィードバックを観測エージェントへ返す。

この循環により、各エージェントは役割に応じてCBRとLLMを活用し、過去の知見を参照しながら柔軟で適応的な意思決定を行う。

実装例

以下に、Pythonベースの簡易マルチエージェント + CBR + LLMの構成と実装について検討する。

実装するシナリオとしては、以下のような技術サポートエージェント群を考える。

  • 各エージェントは、ユーザーからの質問に答える「サポートボット」
  • 共通のケースベース(事例データ)を持ち、過去の問答例を活用
  • LLMが「事例の選択と修正」を行い、最適な回答を生成
  • マルチエージェントは並列・分担的に動作

システムの構成は以下のようになる。

demo_cbr_mas_llm/
├── main.py                       ← 実行ファイル
├── agents/
│   ├── base_agent.py             ← 基底エージェントクラス
│   ├── support_agent.py          ← CBR + LLM対応のサポートエージェント
├── cbr/
│   ├── case_base.json            ← 過去のQ&A事例
│   └── cbr_engine.py             ← 類似検索ロジック(埋め込み + cosine)
├── llm/
│   └── llm_interface.py          ← OpenAI API呼び出し

ステップ1:case_base.json(事例データ)

[
  {
    "question": "How can I reset my password?",
    "answer": "Go to Settings > Account > Reset Password and follow the instructions."
  },
  {
    "question": "The app is crashing on startup.",
    "answer": "Please update to the latest version and try again."
  },
  {
    "question": "How do I contact support?",
    "answer": "You can contact support via the Help Center or email us at support@example.com."
  }
]

ステップ2:cbr/cbr_engine.py

import json
import numpy as np
from sentence_transformers import SentenceTransformer, util

class CBREngine:
    def __init__(self, case_file):
        self.model = SentenceTransformer("all-MiniLM-L6-v2")
        with open(case_file, "r") as f:
            self.cases = json.load(f)
        self.embeddings = self.model.encode([c["question"] for c in self.cases], convert_to_tensor=True)

    def retrieve(self, query, top_k=1):
        query_vec = self.model.encode(query, convert_to_tensor=True)
        scores = util.pytorch_cos_sim(query_vec, self.embeddings)[0]
        top_results = scores.topk(k=top_k)
        return [self.cases[i] for i in top_results.indices]

ステップ3:llm/llm_interface.py

import openai
import os

openai.api_key = os.getenv("OPENAI_API_KEY")

def generate_response(user_query, retrieved_case):
    prompt = f"""
You are a helpful support assistant.
User asked: "{user_query}"
Similar past question: "{retrieved_case['question']}"
Suggested answer: "{retrieved_case['answer']}"

Adapt the suggested answer to best fit the user's new question.
"""
    response = openai.ChatCompletion.create(
        model="gpt-4",
        messages=[{"role": "user", "content": prompt}],
        temperature=0.5,
    )
    return response.choices[0].message["content"]

ステップ4:agents/support_agent.py

from cbr.cbr_engine import CBREngine
from llm.llm_interface import generate_response

class SupportAgent:
    def __init__(self, name="Agent-A"):
        self.name = name
        self.cbr = CBREngine("cbr/case_base.json")

    def handle_query(self, query):
        case = self.cbr.retrieve(query)[0]
        response = generate_response(query, case)
        print(f"[{self.name}] Response:\n{response}\n")

ステップ5:main.py

from agents.support_agent import SupportAgent

def main():
    agent1 = SupportAgent("SupportAgent-1")
    agent2 = SupportAgent("SupportAgent-2")

    # ユーザーの問い合わせ
    queries = [
        "I can't remember my password. What should I do?",
        "The application closes immediately when I open it.",
    ]

    for i, q in enumerate(queries):
        agent = agent1 if i % 2 == 0 else agent2
        print(f"\n🔹 User Query: {q}")
        agent.handle_query(q)

if __name__ == "__main__":
    main()

実行方法

  1. .env または環境変数に OPENAI_API_KEY を設定
  2. 必要ライブラリをインストール:
pip install sentence-transformers openai
  1. 実行:
python main.py

この簡単なデモの拡張アイデアとしては以下のようなものが考えられる。

  • マルチエージェント通信機能: エージェント同士が相互にケース情報を共有し、協調的な意思決定を実現

  • LLMによるケース処理: 共有されたケースを要約。新しいケースを生成・要約してナレッジベースを更新

  • ベクトルDB連携: Faiss や Chroma を導入し、大規模ケースベースに対応。高精度な意味検索で関連度の高いケースを迅速に抽出

  • ユーザー履歴保持機能: ユーザーごとの利用履歴を蓄積。履歴ベースでレコメンド精度を強化し、パーソナライズ性能を向上。

具体的な適用事例

以下に、ケースベース推論(CBR)+マルチエージェント(MAS)+LLM を組み合わせた具体的な適用事例を述べる。

1. スマート製造(スマートファクトリー)

シナリオ:製造ラインで突発的な異常やエラーが発生した際に、過去のトラブル事例(CBR)+エージェントによる分散検知(MAS)+LLMによる解決策修正を使って即時対応。

仕組み:各装置エージェントが異常を検知し、似たトラブルケースをCBRで検索。LLMが過去の対応手順を現在の状況に適応して再構成。現場オペレーターに自然言語で手順を提案。

例:「温度センサーの故障で停止した過去のケースに基づき、今の装置構成とロットに合わせた応急対応手順を自動生成」

2. 災害対応支援システム

シナリオ:地震や洪水時に、複数の自治体・団体エージェントが連携し、過去の災害対応事例(CBR)をもとに意思決定を支援。状況が異なる場合はLLMが対応策を修正。

仕組み:エージェントは「避難所配置」「物資輸送」「通信対応」などの役割を持つ。類似災害の事例(被害範囲・道路寸断・避難者数)をCBRが検索。LLMが現在の気象条件や人口にあわせた最適シナリオを生成。

例:「2016年熊本地震時の物資配布事例をもとに、現在の交通遮断状況に合わせて別ルートを提案」

3. 医療診断支援システム

シナリオ:医師アシスタントエージェントが、患者の症状から過去の診断事例を参照(CBR)し、LLMで治療提案を補完。

仕組み:症状や検査値から類似事例を検索(肺炎 or コロナ感染例など)。LLMが年齢や併発症を考慮してカスタマイズ治療提案を生成。各科の診断エージェントが分散協調(MAS)して最終案を統合。

例:「過去の症例では抗生物質が効果的だったが、現在の患者は腎機能低下があるため、LLMが代替薬を提案」

4. 自律移動ロボット(AMR群)による物流最適化

シナリオ:複数のロボットが倉庫内で配送・搬送を行う中で、障害物や混雑への柔軟対応を、CBR+LLMで行う。

仕組み:各ロボットは過去の「渋滞状況」「障害回避」ケースを記憶。状況に応じた経路選択をCBRで行い、LLMで指示を言語的に補完(例:「Aisle 3は作業中、Bルートを選択」)。協調的に役割分担しながら対応(MAS)

例:「似た渋滞状況のケースから、代替経路+速度調整案をLLMが自律ロボに伝達」

5. 顧客サポート自動化(エージェント協調)

シナリオ:顧客サポートチャットで、複数の分野エージェント(アカウント・課金・技術)が協調し、CBRで類似Q&Aを検索し、LLMが自然な回答文に調整。

仕組み:ユーザー質問に対して、複数の専門エージェントがCBRで類似FAQを検索。LLMがそれらの情報を統合して適切な言い回しで回答生成。必要があれば他エージェントに「引き継ぎ」リクエスト。

例:「“アプリが落ちる+課金情報が消えた”という複合問題に対し、技術・課金エージェントが連携し、LLMが統合説明」

6. 教育・個別学習支援エージェント

シナリオ:学習者に合わせた学習内容を提示するエージェントが、過去の学習履歴(CBR)+LLMによる個別化フィードバックを提供。

仕組み:類似の理解困難パターンを検索(例:「三平方の定理でつまずいた中学生」)。LLMが、その生徒の進度・語彙に合わせた解説を生成。学習アシスタントがMAS的に分担(英語、数学、理科など)。

例:「過去に“因数分解が苦手だった生徒”に有効だった説明法をもとに、今の生徒向けにLLMが簡略化解説を作成」

この構成が向いている領域の特徴としては、以下のようなものが挙げられる。

  • 過去の事例が豊富に存在する
  • そのまま使えないが、似た問題として再利用可能
  • 状況が動的に変化するため、柔軟な対応が必要
  • 複数の役割・視点が必要で、分担処理が有効
参考図書

以下に参考図書・論文について述べる。

1. ケースベース推論(CBR)

  1. Kolodner, J. L. (1993). Case-Based Reasoning.
    • CBR理論の古典的名著。ケース表現、検索、適用、修正、保存の4Rプロセスを詳細に解説。
  2. Richter, M. M., & Weber, R. O. (2013). Case-Based Reasoning: A Textbook.
    • 現代的なCBRの教科書。類似度測定やケースベース管理も詳しい。
  3. Aamodt, A., & Plaza, E. (1994). Case-Based Reasoning: Foundational Issues, Methodological Variations, and System Approaches. AI Communications.
    • オープンアクセス可能な概説論文。CBRの理論的基盤と手法の分類。

2. マルチエージェントシステム(MAS)

  1. Wooldridge, M. (2009). An Introduction to MultiAgent Systems.
    • MASの基本理論・アーキテクチャ・通信プロトコルを網羅した標準的入門書。
  2. Jennings, N. R., Sycara, K., & Wooldridge, M. (1998). A Roadmap of Agent Research and Development. Autonomous Agents and Multi-Agent Systems.
    • MAS研究の俯瞰的レビュー論文。
  3. Multiagent Systems.
    • 分散AI、協調、交渉、組織モデルなどを体系的にまとめたMAS専門書。

3. CBRとMASの統合研究

  1. Bichindaritz, I., & Marling, C. (2006). Case-Based Reasoning in the Health Sciences: What’s Next?. AI Communications.
    • 医療領域でのCBR+MAS活用事例を含むレビュー。
  2. Ontañón, S., & Plaza, E. (2010). Collaborative Case-Based Reasoning for Learning from Experiences. AI Communications.
    • 複数エージェントがケースを共有・協調的に利用するアプローチを解説。
  3. Leake, D. B., & Sooriamurthi, R. (2002). When Two Case Bases Are Better Than One: Exploiting Multiple Case Bases. AAAI Technical Report.
    • 複数のエージェント間でケースベースを分散・統合する手法。

4. LLMや現代AIとの接続(CBR+LLM/MAS)

  1. Cambria, E., & White, B. (2014). Jumping NLP Curves: A Review of Natural Language Processing Research. IEEE Computational Intelligence Magazine.
    • NLPの進化とCBRへの応用可能性を議論。
  2. Liu, P., et al. (2023). Retrieval-Augmented Generation for Knowledge-Intensive NLP Tasks. Transactions of the Association for Computational Linguistics.
    • LLMにおける事例検索型(CBR類似)の知識活用手法。
  3. Pan, S. J., & Yang, Q. (2010). A Survey on Transfer Learning. IEEE TKDE.
    • LLMとCBRの統合時に関わる知識転移技術の包括的レビュー。

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