ソフトマシンとバイオコンピューター

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ソフトマシン

映画「ターミネーター」では、流体多結晶金属でできた変幻自在なロボットT-1000が登場する。

このロボットは、骨格がなく、動力源の所在とCPUの原理が不明であるなど原理的に不明瞭な点が多いものであるが、現実世界ではソフトマシン(Soft Machine)とよばれる、柔軟性や伸縮性を持つソフトな材料で構成され、柔らかい動きや変形が可能な機械やデバイスが検討されている。

このソフトマシンの特徴と利点としては以下のようなものがある。

  • 柔軟性: ソフトマシンはゴムやゲルなどの柔らかい材料でできており、硬い機械と比べて物体に優しく接触することができる。これにより、壊れやすい物体を扱うことや、人間とのインタラクションが安全に行えるようになる。
  • 変形能力: ソフトマシンは環境や動作に応じて形状を変えることができ、狭い場所に入り込んだり、複雑な形状の対象物を包み込むような動作が可能となる。
  • 安全性: 人間と共に作業する際、柔らかい素材でできているため、衝突時に怪我のリスクが低いという利点があり、特に医療や介護分野での利用が期待されている。
  • バイオミメティクス(生体模倣技術): 自然界にある生物の動きを模倣することができる。例えば、タコやナメクジのような生物の動きを再現することで、滑らかな動作やしなやかな動きが可能となる。
  • 医療応用: ソフトロボティクスは、医療用デバイスとしても使用されることがある。例えば、柔らかい内視鏡や、体内で薬剤を投与するための柔軟なカプセルなどで、また、ソフトマシンは手術ロボットやリハビリテーション機器にも応用されることが増えている。

現在のソフトマシンのメカニズムには、空気圧、流体圧、または形状記憶合金や人工筋肉のようなアクチュエーターが使われ、電気的や機械的な刺激に応じて動作や形状変化を起こすことが可能となっているが、前述のT-1000のような自律性をもった動きは未だ実現されていない。

アクチオンの人工的な合成

このような自律的なソフトマシンの実現に向けて、ゾル-ゲル変化を自ら繰り返す、アメーバのような新物質を人工的に合成と東京大学の物性研究所より報告されている。”SF映画のように自律性を持って動く新たなソフトマシン開発の重要な手がかりに

これは、自律的な流動性の変化を繰り返すゾル(液体)状態とゲル(擬固体)状態を持った材料を開発したというもので、通常の材料はゼリーや寒天のように、温めたり冷やしたりすると流動性が変化するものなのに対して、外から電気・光・熱などを一切加えることなくそれらの変化を起こすことができる材料を人工合成された高分子で開発したというものになる。

このような周期的なゾル-ゲル変化は、生体内では細胞分裂・傷の修復・癌細胞の転移・アメーバの運動等において頻繁に観察されているもので、生物の中ではアクチンという生体高分子が「集合と分散を自ら繰り返す」ことで知られている。

東大の報告は、このアクチオンの持つ機能を合成高分子がまねて、生体内で見られる生命挙動の一部を人工的に再現したというもので、将来的には、アメーバの運動機構をはじめ、生命の自律性を考察する糸口になると考えられている。

このアクチオンは、生体内で、アメーバ運動や細胞移動の際細胞が伸びたり縮んだりする細胞運動を実現したり、筋細胞内で筋収縮を引き起こし筋肉の収縮・弛緩のメカニズムの一部となったり、細胞内で物質を輸送するための軌道としても機能したり、細胞質分裂を促進する役目を担っており、これらを人工で生成することは、生き物のように自律性をもって動く新たなソフトマシンの実現に繋がると期待されているのである。

    ソフトマシン実現への次のステップ

    上記のアクチオンは、ロボットにおけるアクチュエーターの実現であり、ソフトマシンを実現するには”感情と自律神経と”整う”効果について“で述べているような情報伝達ネットワークの形成と、情報を処理するバイオコンピューターの形成が不可欠となる。

    自律神経系に関しては、合成生物学を利用して、人工的に神経回路やシグナル伝達経路をデザインすることが試みられています。特定の神経細胞や化学物質を操作し、人工的に制御された神経系を合成することにより、自律的に動作するシステムを構築することが目指されています。例えば、光感受性を持つ神経細胞を使う「オプトジェネティクス」技術を応用すれば、光で神経の活動を制御でき、自律神経のような反応を人工的に模倣することが可能です。

    生体コンピューター(バイオコンピューター)は、生物学的要素を用いて情報の処理や計算を行うコンピューターで、従来のシリコンベースのコンピューターとは異なり、生体分子や細胞を基盤として利用する形態となる。これらのコンピューターは、DNA、タンパク質、酵素、細胞などの生体材料を使い、計算機能やデータ保存を行うことを可能としている。

    生体コンピューターは、以下の技術を基盤としている。

    1. DNAコンピューティング: DNAを使った計算技術で、DNAの塩基対の結合特性(AとT、CとGが特定の組み合わせで結合)を利用して計算を行う。DNAの配列を組み合わせることで、並列的に情報を処理することが可能となる。 初期の例として、1994年にレオナード・アデルマンによるDNAを用いて「ハミルトン閉路問題」(旅行者問題の一種)のがある。

    2. 酵素ベースのコンピューティング: 酵素は特定の化学反応を促進する生体触媒であり、これらの反応を組み合わせることで計算を行う。酵素の反応速度や基質特異性を利用することで、情報処理の機能を果たすことが可能となる。

    3. 細胞コンピューター: 生細胞をベースにしたコンピューターで、細胞は外部からの刺激に応じて特定の反応を引き起こすことができ、そのシグナル伝達や代謝プロセスを利用して、情報の処理や保存を行う。合成生物学によって細胞をデザインし、特定の入力に対して決定論的な出力を生み出す細胞コンピューターも研究されている。

    4. 神経コンピューター: 神経細胞(ニューロン)や神経回路網を模倣し、またはそれらを直接利用して情報を処理するコンピューターで、脳のような並列計算能力や柔軟な学習能力を持つことを目指しており、脳に基づくコンピューティングモデルの発展も促進している。

    生体コンピューターの応用例としては、以下のようなものがある。

    • 医療応用: 生体コンピューターは、細胞やDNAを利用して体内で動作する「スマートドラッグ」や「バイオセンサー」として活用されることが期待されており、例えば、DNAコンピューターを体内に導入し、特定の化学物質や病気のマーカーを検知して、薬物の放出を制御するようなシステムが考案されている。
    • 遺伝子回路: 遺伝子工学と合成生物学を利用して、細胞に組み込んだ遺伝子回路がコンピューターのように機能し、細胞が自律的に環境の変化に応答して行動することを可能にする。これにより、治療用の細胞やバイオ製品の生成が期待されている。
    • 並列計算: DNAコンピューティングでは、DNAの結合と分解が同時に大量に行われるため、従来のコンピューターよりも効率的に並列計算が可能で、複雑な最適化問題や組合せ問題の解決に有効となる。
    • 人工生命・合成生物学: 生体コンピューター技術を利用して、人工生命や合成細胞を設計し、特定の環境条件で働く「生物ロボット」を開発する研究も進んでいる。

    生体コンピューターの課題としては、生体分子や細胞は外部環境の影響を受けやすいという長期的な安定性、従来のシリコンベースのコンピューターに比べて計算速度が遅いという計算速度、生物を利用するため、特に細胞コンピューターや遺伝子回路を使用した場合には、倫理的な懸念が伴うなどがある。

    これらの技術を組み合わせることでソフトマシンは実現されるが、課題は多く実用までは長い道のりが必要となる。

    参考図書

    ソフトマシンに関する参考図書として、以下の書籍が挙げられる。

    1. “Soft Machines: Nanotechnology and Life by Richard A.L. Jones

    2. “Bioinspired and Biomimetic Polymer Systems for Soft Robotics edited by

    3. “Soft Robotics: Trends, Applications and Challenges

    4. “Modern Robotics: Mechanics, Planning, and Control

    5. “Soft Machines: Nanotechnology and Life

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