グラフ畳み込みニューラルネットワーク(Graph Convolutional Neural Networks, GCN)について
グラフ畳み込みニューラルネットワーク(Graph Convolutional Neural Networks, GCN)は、グラフ構造を持つデータに対する畳み込み演算を可能にするニューラルネットワークの一種であり、”CNNの概要とアルゴリズム及び実装例について“でも述べている通常の畳み込みニューラルネットワーク(CNN)が画像データなどの格子状のデータに対して効果的なものに対して、GCNは、グラフデータやネットワークデータのような非常に複雑な構造を持つ非格子状のデータに対する深層学習の手法として開発されたものとなる。
一般的な画像認識における畳み込みは、フィルタと呼ばれるサイズの小さい矩形を入力画像上でスキャンさせながら、積和演算を行い、フィルタが表すパターンと類似したパターンが入力画像のどこにあるのか検出するもので、そのような畳み込みを組み合わせていくことで、個々の画像から構成される入力画像の局所的特徴や、さらに大域的特徴へと階層的に認織していくものとなる。
これをグラフに適用するには、格子状に規則的に存在するような(画素)データではなく、頂点の数が増減し、かつ局所的でないグラフデータに適用したデータ構造とアルゴリズムを用いる必要がある。
それらのアプローチとしては(1)Spectralなグラフ畳み込みと、(2)Spacialなグラフ畳み込みの2つがある。
Spectralなグラフ畳み込みは、グラフラプラシアンの固有ベクトルによる空間への変換・逆変換を行うことで、信号処理でのフーリエ変換による周波数成分への変換を行うものとなる。これらの代表的なアプローチとしては、ChebNet、ChebyNet、GCN(Graph Convolutional Network)等がある。
Spacialなグラフ畳み込みは、個々のノードとエッジで結ばれた周囲のノードの属性情報を集める操作を、畳み込み演算とみなして表現の学習を行うもので、”機械学習におけるメッセージパッシングの概要とアルゴリズム及び実装例“に述べているメッセージパッシングのグラフ畳み込みとも呼ばれているものとなる。代表的なアプローチとしては”PATCHY-SANの概要とアルゴリズム及び実装例について“で述べているPATCHY-SAN、”DCNN(Diffusion-Convolutional Neural Networks)の概要とアルゴリズム及び実装系について“で述べているDCNN(Diffusion-Convolutional Neural Network)、GraphSAGE等がある。
GCNはKipfとWllingにより”Semi-Supervised Classification with Graph Convolutional Networks“で提案されたSpectralなグラフ畳み込みネットワークで、”ChebNetの概要とアルゴリズム及び実装例について“で述べているChebNetをベースに工夫をすることで高速でスケールするグラフ畳み込みを実現している。
以下にGCNの基本的な概念について述べる。
1. グラフ構造: GCNは、ノード(頂点)とエッジ(辺)から成るグラフ構造を入力としている。ノードはデータポイントを表し、エッジはノード間の関係を示し、例えば、ソーシャルネットワークではユーザーがノードであり、友情関係がエッジで表される。
2. 隣接行列: グラフ構造は通常、隣接行列として表現される。隣接行列は、ノード間の接続関係を行列で表現したもので、これを使ってノードの近傍情報を取得する。
3. 畳み込み演算: GCNでは、通常の畳み込み演算と同様に、ノードの特徴を近傍のノードの特徴と組み合わせることで新しい表現を生成し、畳み込みフィルタを用いて、ノードとその近傍のノードの情報を組み合わせて新たな表現を計算する。
4. アグリゲーション: GCNでは、隣接ノードの情報を組み合わせるためにアグリゲーション(集約)が行われる。典型的なアグリゲーション手法には、隣接ノードの特徴の平均や重み付き和などがある。
5. 活性化関数とプーリング: 通常の畳み込みニューラルネットワークと同様に、GCNも活性化関数(例: ReLU)を使用し、プーリング操作を行う。
GCNのアルゴリズムのChebNetに対する拡張のポイントは以下の様になる。
- 1次のチェビシェフ近似: Spectralな畳み込みにおける式\(g_{\theta}\star \mathbf{x}=\mathbf{U}g_{\theta}(\Lambda)\mathbf{U}^T\mathbf{x}\)のフィルタ\(g_{\theta}(\Lambda)\)として、K次までのチェビシェフ多項式\(g_{\theta}(\Lambda)\approx\displaystyle\sum_{k=0}^{K-1}\theta_kT_k(\tilde{\Lambda})\)をK=1とすることで、次数分布が広いグラフでの過適合を回避している。チェビシェフ多項式については”ChebNetの概要とアルゴリズム及び実装例について“を参照のこと。
- \(\lambda_{max}=2\)による式の単純化: ChebNetにおける\(\tilde{\mathbf{L}}=\frac{2}{\lambda_{max}}\mathbf{L}-\mathbf{I}\)の近似となる。
- パラメータの減少: 近似式における単一パラメータの式\(x’=\theta(\mathbf{I}+\mathbf{D}^{-\frac{1}{2}}\mathbf{A}\mathbf{D}^{-\frac{1}{2}})x\)を用いて過適合を回避する。
- renormalization trick: 上記のパラメータの減少の式で各ノードへの自己ループを加えた\(\tilde{\mathbf{A}}=\mathbf{A}+\mathbf{I},\tilde{\mathbf{D}}_{ii}=\sum_j\tilde{\mathbf{A}}_{ii}\)を導入して勾配消失の不安定さを回避している。
GCNの論文では、論文間の引用ネットワーク(Citreseer, Cora, Pubmed)や概念間の関係を表すナレッジグラフ(NELL)を用いた分類問題で、ManiReg,SemiEmb, LP, “DeepWalkの概要とアルゴリズム及び実装例について“で述べられているDeepWalk, ICA, Planetoidとの精度比較を行い優位性があることを示している。
GCNは以下のgitのページにてコードが公開されている。
グラフ畳み込みニューラルネットワーク(Graph Convolutional Neural Networks, GCN)に関連するアルゴリズムについて
グラフ畳み込みニューラルネットワーク(GCN)に関連するアルゴリズムや手法について述べる。
1. Graph Convolutional Networks (GCN): Thomas N. KipfとMax Wellingによって提案された最初のGCNアルゴリズムとなる。このアルゴリズムでは、1階の近似を使用したラプラシアン行列に基づく畳み込みが行われ、スペクトルフィルタリングの観点から解釈できる。
2. ChebNet (Chebyshev ネットワーク): Michaël Defferrardらによって提案されたアルゴリズムで、ChebNetでは、Chebyshev 多項式を使用して、ラプラシアンの近似を行っている。この手法では、低次の多項式を使用することで、計算効率が向上している。詳細は”ChebNetの概要とアルゴリズム及び実装例について“を参照のこと。
3. GraphSAGE (Graph Sample and Aggregated): William L. Hamiltonらによって提案されたアルゴリズムで、畳み込み演算にランダムにサンプリングされたノードの近傍情報を使用するものとなる。これにより、大規模なグラフに対しても計算効率が向上し、スケーラビリティが向上している。詳細は”GraphSAGEの概要とアルゴリズム及び実装例について“を参照のこと。
4. GAT (Graph Attention Network): Petar Veličkovićらによって提案されたアルゴリズムで、畳み込み演算において注意機構を使用しているものとなる。各ノードが異なる重要度を持つ近傍ノードを考慮することができ、より柔軟なグラフ表現を学習できる。詳細は”GAT (Graph Attention Network)の概要とアルゴリズム及び実装例について“を参照のこと。
5. Graph Isomorphism Network (GIN): Xavier Bressonらによって提案されたアルゴリズムで、畳み込み演算において各ノードが自身の特徴と近傍ノードの平均を組み合わせることで、グラフ同型性を考慮した学習が可能なものとなる。詳細は”Graph Isomorphism Network (GIN)の概要とアルゴリズム及び実装例について“を参照のこと。
グラフ畳み込みニューラルネットワーク(Graph Convolutional Neural Networks, GCN)の適用事例について
グラフ畳み込みニューラルネットワーク(GCN)は、様々な領域で成功裏に適用されている。以下それら適用事例について述べる。
1. ソーシャルネットワーク解析: GCNはソーシャルネットワークにおいて、ノード(ユーザー)間の関係を学習し、ノードの特性を考慮して友情関係や情報の伝播の予測などに利用されている。
2. 化学分野(分子構造解析): 化学分野では、分子構造をグラフとして表現し、GCNを用いて分子の性質や相互作用の予測、新しい分子の設計などが行われている。
3. 推薦システム: ユーザーとアイテム(商品など)の関係をグラフとして表現し、GCNを用いて個々のユーザーに適したアイテムの推薦が行われている。
4. バイオインフォマティクス: GCNは、タンパク質間の相互作用ネットワークや遺伝子の相互作用ネットワークを解析し、疾患の理解や治療法の開発などに応用されている。
5. グラフデータベースクエリ: グラフデータベースクエリでは、異なるノードやエッジの属性を持つグラフデータに対する柔軟なクエリやパターン検出に利用されている。
6. 交通流予測: 道路ネットワークや公共交通機関のデータをグラフとしてモデル化し、GCNを用いて交通流の予測や最適な経路の特定が行われている。
7. 言語モデリング: 言語の単語間関係をグラフとして表現し、GCNを用いて文章の意味解析や単語の埋め込み(embedding)の生成が試みられている。
グラフ畳み込みニューラルネットワーク(Graph Convolutional Neural Networks, GCN)の実装例について
GCNの実装例は、主にディープラーニングフレームワーク(例: TensorFlow、PyTorch)を使用して行われている。以下に、PyTorchを使用したシンプルなGCNの実装例を示す。
import torch
import torch.nn as nn
import torch.nn.functional as F
import torch.optim as optim
class GraphConvolutionLayer(nn.Module):
def __init__(self, in_features, out_features):
super(GraphConvolutionLayer, self).__init__()
self.linear = nn.Linear(in_features, out_features)
def forward(self, x, adjacency_matrix):
support = self.linear(x)
output = torch.matmul(adjacency_matrix, support)
return output
class GCN(nn.Module):
def __init__(self, input_size, hidden_size, output_size):
super(GCN, self).__init__()
self.gc1 = GraphConvolutionLayer(input_size, hidden_size)
self.gc2 = GraphConvolutionLayer(hidden_size, output_size)
def forward(self, x, adjacency_matrix):
x = F.relu(self.gc1(x, adjacency_matrix))
x = self.gc2(x, adjacency_matrix)
return F.log_softmax(x, dim=1)
# ダミーデータと隣接行列の例
input_features = 5
hidden_features = 10
output_classes = 2
# ダミーデータ
x = torch.randn(10, input_features)
# ダミーの隣接行列(仮のものであり、実際のアプリケーションでは適切なデータを使用する必要がある)
adjacency_matrix = torch.randn(10, 10)
# モデルのインスタンス化
model = GCN(input_features, hidden_features, output_classes)
# フォワードパス
output = model(x, adjacency_matrix)
# 損失関数と最適化手法の定義
criterion = nn.CrossEntropyLoss()
optimizer = optim.Adam(model.parameters(), lr=0.01)
# バックワードおよびパラメータの更新
target = torch.randint(0, output_classes, (10,))
loss = criterion(output, target)
optimizer.zero_grad()
loss.backward()
optimizer.step()
この例では、GraphConvolutionLayer
がGCNの畳み込み層を表し、GCN
クラスがこれを組み合わせてモデルを構築している。データや隣接行列、損失関数、最適化手法などは、実際のタスクやデータに合わせて適切に変更する必要がある。
グラフ畳み込みニューラルネットワーク(Graph Convolutional Neural Networks, GCN)の課題とその対応策について
グラフ畳み込みニューラルネットワーク(GCN)は有望な手法である一方で、いくつかの課題が存在している。以下に、それら課題と対応策について述べる。
1. 非局所性と情報の欠落:
課題: 通常の畳み込みニューラルネットワーク(CNN)が画像のようなグリッド状のデータに適しているのに対し、GCNは非格子状のグラフ構造に特化している。しかし、GCNは遠くのノードとの関係を十分にキャプチャするのが難しい場合がある。
対応策: レイヤーや隣接行列の拡張、注意機構の導入など、モデルの改良により非局所的な情報を考慮する手法が提案されている。
2. グラフのサイズに依存する計算量:
課題: グラフのサイズが大きい場合、GCNの計算量が増加し、訓練や推論に時間がかかる。
対応策: サンプリングやグラフプーリング、近似手法などを利用して計算効率を向上させる方法が提案されており、また、”ミニバッチ学習の概要とアルゴリズム及び実装例“で述べているミニバッチ学習や並列処理も適用されている。
3. グラフの変動に対する頑健性の向上:
課題: GCNはグラフの変動に敏感であり、ノードの追加や削除がある場合にモデルの再学習が必要となる。
対応策: グラフ畳み込み層の変更や、GraphSAGEのような手法を用いて、ノードの追加や削除に対する頑健性を向上させる研究が進められている。
4. ラベル不足の問題:
課題: ラベルが不足している場合、教師あり学習においてモデルの訓練が難しい。
対応策: 半教師あり学習や弱教師あり学習、”転移学習の概要とアルゴリズムおよび実装例について“で述べている転移学習などを用いて、ラベル不足の問題に対処する方法が提案されている。
参考情報と参考図書
グラフデータの詳細に関しては”グラフデータ処理アルゴリズムと機械学習/人工知能タスクへの応用“を参照のこと。また、ナレッジグラフに特化した詳細に関しては”知識情報処理技術“も参照のこと。さらに、深層学習全般に関しては”深層学習について“も参照のこと。
参考図書としては”グラフニューラルネットワーク ―PyTorchによる実装―“
“Graph Neural Networks: Foundations, Frontiers, and Applications“等がある。
コメント
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