量子もつれと量子通信技術について

life tips & 雑記 禅とライフティップ 旅と歴史 スポーツとアート 本とTVと映画と音楽 物理・数学 本ブログのナビ

量子情報処理について

量子情報処理(Quantum Information Processing)は、量子力学の原理を利用して情報を処理する分野であり、従来の古典的な情報処理とは異なり、量子情報処理は量子ビットという量子力学的な性質を持つ情報の基本単位を使用し、これにより、量子コンピュータや量子通信などの革新的な技術が生まれるものとなる。

量子情報処理の主な分野は以下のようになる。

  • 量子コンピューティング

量子コンピューターの概要と参考情報/参考図書“でも述べている量子コンピューティングは、量子ビットを使用して情報を並列に処理し、従来の古典的なコンピュータよりも高速な計算を行うことを目指す分野となる。量子ビットは、古典的なビットのような0と1の状態だけでなく、重ね合わせやエンタングルメントといった量子力学の特性を持つ。これにより、一部の問題に対して指数的な高速化が期待されている。量子コンピュータは、暗号解析、最適化、物性物理学などの分野で大きな進展をもたらす可能性がある。

  • 量子通信

量子通信は、量子ビットのエンタングルメントを利用して、高度なセキュリティを持つ通信システムを実現する分野となる。量子鍵配送(Quantum Key Distribution, QKD)は、量子ビットのエンタングルメントを用いて暗号鍵を安全に送信する手法で、量子通信の主要な応用分野として広く研究されている。

  • 量子エラー訂正

量子情報処理では、量子ビットは環境との相互作用によってエラーを受ける可能性がある。量子エラー訂正は、これらのエラーを検知・訂正する手法を研究し、信頼性の高い量子コンピューティングと通信を実現するための重要な技術となる。

  • 量子シミュレーション

量子シミュレーションは、量子コンピュータを使用して量子系の振る舞いを模倣する手法となる。量子シミュレーションは、複雑な分子や物質の相互作用、量子物性、超伝導素子などの研究において非常に有用なものとなる。

  • 量子機械学習

量子機械学習は、機械学習の手法を量子コンピュータや量子アルゴリズムに適用する研究領域となる。この量子機械学習技術を用いることで、量子コンピュータの特性を活かし、従来の機械学習手法に比べて効率的な学習や分類が可能となる可能性があり、パターン認識、最適化、データ解析などの応用において、より高速で効率的な解を見つけることが期待されているものとなる。

  • 量子センシング

量子センシングは、量子力学の原理を利用して高感度なセンシング技術を実現する研究領域となる。この技術を用いることで、量子状態や量子効果を利用して、微小な変化や信号の検出、計測を行うことが可能となり、人工知能技術との組み合わせにより、センサーデータの解析やパターン認識などの処理が高度化され、精密なセンシングや画像認識などの応用領域での進展が期待されているものとなる。

今回はこれらの中から、量子通信に関連する量子もつれと量子テレポーテーションについて述べる。

量子もつれとエンタングルメント

<概要>

量子もつれ(Quantum Entanglement)は、量子力学における特殊な現象であり、非常に奇妙な性質を持っている。もつれとは、2つ以上の量子系が相互に関連付けられ、それらの状態が互いに強く依存していることを意味している。

量子もつれは、以下のような特徴を持っている。

  • スピンの例:2つの粒子がもつれている場合、1つの粒子のスピンの向き(例:上向き、下向き)が決定すると、もう一方の粒子のスピンの向きも瞬時に決定される。このように、どちらの粒子が観測されるかによって、他方の粒子の状態が確定する。
  • 距離に関係なく:もつれは距離によって影響を受けず、2つの量子系が光速を超えるような速度で影響を及ぼすことがある。これは「非局所性」として知られている。
  • 確率的な性質:もつれた状態を持つ複数の粒子を測定すると、測定の結果が確率的に決まる。ただし、確率的な結果は相互依存しているため、全体として確率の規則に従うこととなる。

量子もつれは、アルベルト・アインシュタイン、ボリス・ポドルスキー、およびネイサン・ローゼン(EPR)によって1935年に提案された。彼らは、このような奇妙な現象に対する量子力学の理論的な説明を示し、その後、ジョン・ベルによってベルの不等式が提案され、量子もつれは実験的にも確認されている。

ちなみに”SF小説「三体」と三体問題、機械学習技術“で述べている小説「三体」では、地球からはるか離れた異星人が地球と通信する手段がこの量子もつれを利用したものとなっている。

<量子もつれの数理モデル>

量子もつれの数理モデルにはいくつかのアプローチがあるが、ここでは代表的な2つのモデルについてのべる。

  • テンソル積によるモデル: 量子もつれの最も一般的な数理モデルは、ヒルベルト空間上でのテンソル積を使用する方法となる。複数の量子系がある場合、それぞれの量子系の状態ベクトルをテンソル積を用いて組み合わせることで、全体の量子系の状態ベクトルを得ることができる。例えば、二つの量子ビットを考える場合、それらの状態ベクトルは以下のように表現される。\[|00⟩, |01⟩, |10⟩, |11⟩\]ここで、|xy⟩はx番目の量子ビットとy番目の量子ビットの状態を表す基底状態となる。これらの基底状態の線形結合によって、もつれた状態を表現することができる。
  • エンタングルメントの測定によるモデル: 量子もつれを生成する操作として、エンタングルメントを測定によって作り出す方法もある。量子もつれを持つ複数の量子ビットを考える場合、例えばベル状態(Bell state)として知られる次のような状態を考えることができる。\begin{eqnarray}|Φ⁺⟩ &=& (1/√2) * (|00⟩ + |11⟩) |Φ⁻⟩ \\&=& (1/√2) * (|00⟩ – |11⟩) |Ψ⁺⟩ \\&=& (1/√2) * (|01⟩ + |10⟩) |Ψ⁻⟩ \\&=& (1/√2) * (|01⟩ – |10⟩)\end{eqnarray}これらの状態はエンタングルされており、一つの量子ビットの状態を測定すると、他の量子ビットの状態も瞬時に決定される。

<エンタングルメントとその測定方法>

エンタングルメント(Entanglement)は、量子力学における特有の現象であり、複数の量子系が強く結びついて、一つの全体として振る舞う状態のことを指す。これは量子力学の特徴的な性質であり、古典的な物理学では見られないものとなる。

エンタングルメントの測定方法は、エンタングルした量子系の状態を調べて、その相関関係を確認する手法となり、量子情報処理や量子通信などの応用において重要な役割を果たすものとなる。

エンタングルメントの測定は、非常に微妙で高度な技術が必要とされ、エンタングルメントの測定を行うためには、量子ビットを正確に制御し、環境との相互作用を最小化することが重要となる。

エンタングルメントの測定方法に関しては、主に以下のような手法がある。

  • ベル状態の測定: ベル状態は、二つの量子ビットがエンタングルしている特殊な状態となる。ベル状態を測定する方法として、一つの量子ビットを測定し、その結果に基づいて他の量子ビットの状態を推定するものがある。ベル状態は、4つの異なる状態(|Φ⁺⟩、|Φ⁻⟩、|Ψ⁺⟩、|Ψ⁻⟩)に分類されるため、それぞれの測定結果によってエンタングルメントの特定の状態がわかる。
  • 共通の観測量の測定: エンタングルした量子系は、共通の物理量に対して相関を持つ傾向がある。例えば、二つの量子ビットがエンタングルしている場合、そのスピン(スピン角運動量)の相関があるようなもので、この場合、両方の量子ビットのスピンを同じ方向に測定したり、逆方向に測定したりすることで、エンタングルメントの存在を検出できる。
  • 複数の基底状態の測定: エンタングルした量子系は、複数の基底状態に対して相関を持つ。これらの基底状態に対する測定を行い、その結果によってエンタングルメントを確認することができる。

このような測定手法は、量子情報処理の実装や量子エンタングルメントの性質を理解する上で不可欠なものとなっている。

<ベル状態について>

ベル状態(Bell state)は、量子エンタングルメントを示す特殊な二量子ビットの状態の1つであり、量子テレポーテーションや量子通信において重要な役割を果たすものとなる。エンタングルメントは量子もつれの状態を指し、一つの量子ビットの状態を知ることで他の量子ビットの状態が直ちに決定される性質を持つ。

ベル状態は、以下の4つの状態のことを指す。

  1. |Φ⁺⟩ = (1/√2) * (|00⟩ + |11⟩)
  2. |Φ⁻⟩ = (1/√2) * (|00⟩ – |11⟩)
  3. |Ψ⁺⟩ = (1/√2) * (|01⟩ + |10⟩)
  4. |Ψ⁻⟩ = (1/√2) * (|01⟩ – |10⟩)

ここで、|xy⟩はx番目の量子ビットとy番目の量子ビットの状態を表す基底状態であり、これらのベル状態は、エンタングルした状態であり、一つの量子ビットの状態を測定すると、他の量子ビットの状態が瞬時に決定される。

例えば、|Φ⁺⟩の場合、二つの量子ビットが同じ状態(両方とも|0⟩または両方とも|1⟩)にある確率が高く、一方が|0⟩であれば他方も|0⟩に、一方が|1⟩であれば他方も|1⟩になる。一方、|Φ⁻⟩の場合は、二つの量子ビットが逆の状態にある確率が高く、一方が|0⟩であれば他方は|1⟩に、一方が|1⟩であれば他方は|0⟩になる。

次にこれらの概念を使った量子通信について述べる。

量子通信

量子通信(Quantum Communication)は、量子力学の原理を利用して情報を安全に伝送するための通信技術であり、従来の通信方式では、情報は電子や光子などの古典的なビット(0または1)として表現されるが、量子通信では情報は量子ビットまたは「量子情報」として伝送されるものとなる。

量子通信の特徴は以下のようになる。

  • 量子もつれを利用: 量子通信では、量子もつれを使用して情報を伝送する。2つ以上の量子系がもつれていると、それらの状態が相互に強く依存しており、片方の状態が決定されると他方の状態も瞬時に決定されるという特性を利用する。
  • 量子暗号学: 量子通信は、量子暗号学と呼ばれる分野と密接に関連している。量子暗号学は、量子鍵配送などの手法を使用して、盗聴や傍受を検知できる安全な通信を実現し、これにより、情報の安全性が従来の暗号化方式よりも強化される。
  • 量子もつれの非局所性: 量子通信において、量子もつれは距離に関係なく影響を及ぼす非局所性を持っている。この特性は量子通信の応用範囲を広げ、遠隔地間の通信を可能にする。

量子通信の応用としては、以下のようなものがある。

<量子鍵配送(Quantum Key Distribution, QKD)>

量子鍵配送は、盗聴が可能な通信路を用いて暗号鍵を配送する方法となる。この手法は、量子通信の特性を利用して、不正アクセスの検知や安全な通信を実現する。

量子鍵配送の手順は以下のようになる。

  1. 量子ビットの準備: まず、送信者(アリス)と受信者(ボブ)は、量子ビット(通常は光子)を準備する。これらの量子ビットの状態は、ランダムに0または1として選択される。
  2. 量子ビットの送信: アリスは、準備した量子ビットを公開チャネルを介してボブに送信する。公開チャネルは、通信経路上で盗聴が可能であるため、情報の秘密性を保証するためには暗号化されている必要がある。
  3. 量子ビットの受信: ボブは、アリスから送られてきた量子ビットを受信する。この際、通信経路上での量子ビットの変更や盗聴を検知するための手段が必要で、一般的に、量子ビットの偏光や位相を測定することで、外部からの干渉を検知することが行われる。
  4. 公開チャネルを介した情報交換: アリスとボブは、公開チャネルを介して、受信した量子ビットの測定結果をお互いに公開する。この時点では、まだ秘密鍵は得られていないが、公開された情報を用いて後のステップで秘密鍵を生成するための情報が含まれている。
  5. エラー訂正と秘密鍵生成: アリスとボブは、公開された情報を用いてエラー訂正プロトコルを実行し、通信経路上でのエラーや盗聴による影響を取り除く。その後、秘密鍵を共有するための情報を抽出する。この情報は、量子ビットの状態によってランダムに生成されているため、外部からの盗聴者はその情報を知ることができない。
  6. 秘密鍵の利用: アリスとボブは、共有した秘密鍵を使用して、暗号化や署名などのセキュアな通信や認証に利用します。

<量子テレポーテーション>

量子テレポーテーション(Quantum Teleportation)は、量子もつれを利用して、量子情報を1つの量子系から別の量子系に転送する方法となる。この用語は、「テレポーテーション」という言葉が示すように、物理的な物体を瞬時に遠くの場所に移動させるようなSF的なイメージとは異なり、量子テレポーテーションは物体そのものの転送ではなく、量子情報の転送の手段となる。

量子テレポーテーションの手順は以下のようになる。

  1. 共有エンタングルメントの作成: 送信者(アリス)と受信者(ボブ)は、第三者(チャーリー)によって生成されたエンタングルした量子ビットの対を共有する。このエンタングルメントは、通常、ベル状態として知られる特殊な状態を持つ量子ビット対となる。
  2. 量子ビットの準備: アリスは、送信したい量子ビット(テレポーテーションしたい量子情報)を自身の量子ビットとエンタングルさせる。この操作により、アリスの量子ビットとボブの共有エンタングルメントが結びつく。
  3. ベル測定: アリスは、自分の量子ビットとテレポーテーションしたい量子ビットの両方をベル測定と呼ばれる特殊な測定を行う。この測定により、測定結果の情報が古典的なな通信路を介してボブに送信される。
  4. 量子ビットの再構築: ボブは、アリスから送られた古典的な通信情報を使用して、自分の量子ビットに操作を行う。これにより、アリスがテレポーテーションした量子ビットの状態が、ボブの量子ビットに転送されることになる。

    <量子中継(Quantum Repeater)>

    量子通信は、長距離通信において情報の損失を減少させるために量子中継技術と組み合わせられることがある。

    量子中継の手順は、以下のようになる。

    1. エンタングルメントの生成: まず、送信元(アリス)と受信先(ボブ)の間でエンタングルメントを生成する。アリスとボブは、第三者の中継者(チャーリー)によってエンタングルした量子ビットを生成し、アリスとボブは、それぞれの量子ビットとチャーリーが生成したエンタングルメントを保持する。
    2. 中継者との通信: アリスは、エンタングルした量子ビットの一部をチャーリーに送信する。チャーリーは、自身が持つエンタングルした量子ビットとアリスから送られてきた量子ビットを用いて、中間地点でのエンタングルメントを実現する。
    3. リピート: 中継者(チャーリー)は、エンタングルした量子ビットをアリスとボブの間でリピートする。これにより、エンタングルメントが長距離にわたって伝わる。
    4. 最終的なエンタングルメントの生成: 中継者(チャーリー)と受信者(ボブ)の間でエンタングルメントが確立されたら、ボブはアリスと直接通信することなく、中継者を介してアリスの量子ビットの情報を受け取ることができる。同様に、アリスもボブの量子ビットの情報を受け取ることができる。
    参考情報と参考図書

    量子力学の概要に関しては”量子力学と人工知能と自然言語処理“を参照のこと。

    参考図書としては”量子コンピュータと量子通信 I

    量子コンピュータと量子通信 II

    量子コンピュータと量子通信 III

    量子元年、進化する通信“等がある。

    コメント

    1. […] 量子もつれと量子通信技術について […]

    2. […] 量子もつれと量子通信技術について […]

    タイトルとURLをコピーしました