キリスト教の核心を読む 新約聖書とは何か

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サマリー

NHK学びの基本「キリスト教の核心を読む」より。  前回三大一神教と旧約聖書とアブラハムについて述べた。今回は新約聖書について述べる。

新約聖書の構成

新約聖書は四つの「福音書」と、「使徒言行録」「書簡集」「黙示録」の四部から構成されている。

福音書は、イエスの生涯を取り扱った文書で、イエスの生涯といっても、いわゆる伝記ではなく、30代前半で十字架にかけられて亡くなる最後の数年の宗教的な活動を行なって時期に焦点を当てて書かれている。「福音」(エウアンゲリオン)とはギリシャ語で「良い知らせ」という意味で、救い主がこの世界にやってきた良い知らせというとなる。

使徒言行録は、イエスの死後の弟子たちの活動について述べられたもので、イエスの弟子たちは、イエスが十字架上で悲惨な死を遂げたことに絶望し、一度は散り散りに逃げたが、イエスの「復活」と呼ばれる出来事が起こったことで、彼らは再び集まって、イエスの教えを伝えていった活動について述べられている。

書簡集は、初期の教会でやりとりされていた書簡を集めたもので、そのうちの多くが有名な使徒であるパウロによって書かれたものとなっている。黙示録は、いわゆるこの世の終わり、週末について書かれたものとなっている。

旧約聖書と比べると、分量的には3:1程度で、旧約聖書の方が圧倒的に多くなっている。これは旧約聖書は一千年単位の出来事と、地理的にも、エジプト、ペルシア、アッシリアなどを含む当時のオリエント一帯が舞台になっていたのに対して、新約聖書は、時間も地域も限定的であることに起因する。新約聖書は「イエス・キリストの出来事」という、時間的にも地理的にも限定された事柄に焦点を当てたものだということがいえる。

二つのイエス・キリストの教え

新約聖書の内容は、大きく分けて二つに考えられる。「イエス・キリストの教え」といったときは、そこには「イエス・キリストが説いた教え」と「イエス・キリストについての教え」という亜辰の意味がある。

「イエス・キリストが説いた教え」は、イエスが様々なたとえ話を用いながら、人々にわかりやすく説いた教えとなる。

「イエス・キリストについての教え」とは、例えば、イエスは単なる人間ではなく、髪が人になった存在なのだ、といった、イエスについて論じられている教えとなる。これはイエスの死後に形成されていったもので、旧約聖書との関係も重要な構成要素となる。イエス・キリストは何者であったかを理解する際、弟子たちは旧約聖書を手がかりにしながらその理解を深めていった、ということがあるからである。

ちなみに「イエス・キリスト」とは「鈴木太郎」のような姓名ではない。イエスは固有名詞、キリストは「救い主」という意味の普通名詞となる。よって、イエス・キリストという言い方は、実は「イエスはキリストである」という一つの信仰告白となる。キリスト教でない人で、こうした事情を知っている人は、イエスののことを「キリスト」とは言わずに「ナザレのイエス」と彼の出身地をつけて呼んだりする。

善きサマリア人のたとえ

実際の新約聖書の「イエス・キリストが説いた教え」から有名なものの一つである「善きサマリア人のたとえ」について述べる。

イエス・キリストはたとえ話を多用しながら教えを説いていた。身近な日じょヴイ勝つからとったイエスのたとえ話は、単なるわかりやすいお話というものではなく、聞き手が自分で考えることを促し、一人ひとりが人間やこの世界や「神」のことをどのように受け止めて生きていくのかという実践的な応答を呼び起こす力を秘めている。

そうしたたとえ話の中でも代表的なものが「ルカによる福音書」第10章にある「善きサマリア人のたとえ」となる。話は、ある律法(旧約聖書の中に出てくる様々な掟を一字一句守って生きることが何より重要だと考えている人たちのこと)の専門家がイエスに論争を挑んだとこから始まる。

律法の専門家はまず「先生、何をしたら、永遠の命を受け継ぐことができるのでしょうか」と聞いてくる。それに対してイエスは直接答えが、「律法になんと書いてあるか。あなたはそれをどう読んでいるか」と逆に質問を返す。これは論争においてイエスがしばしばとるやり方となる。

律法の専門家は「「心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい、また隣人を自分のように愛しなさい」とある」と答える。イエスは正しい答えだと認める。律法の専門家はそれで話を終わりにせず「では私の隣人とはだれですか」とイエスに問う。

これに対して、イエスは正面から答えようとはせず、たとえ話をする。それが「善きサマリア人のたとえ」と呼ばれるものとなる。

イエスはお答えになった。「ある人がエルサレムからエリコへ降っていく途中、追い剥ぎに襲われだ。追い剥ぎはその人の服を剥ぎ取り、殴りつけ、半殺しにしたまま立ち去った。”ある司祭がたまたまその道を降ってきたが、その人をみると、道の向こう側を通っていった。同じように、レビ人もその場所にやってきたが、その人をみると、道の向こう側を通っていった。ところが、旅をしていたサマリア人は、そばに来ると、その人を見て憐れに思い、近寄って傷に油と葡萄酒を注ぎ、包帯をして、自分のロバに乗せ、宿屋に連れて行って解放した。そして、翌日になると、デナリオン銀貨二枚を取り出し、宿屋の主人に渡して言った。「この人を解放してください。費用がもっとかかったら、帰りがけに払います」さて、あなたはこの三人の中で、だれが追い剥ぎに襲われた人の隣人になったと思うか」律法の専門家は言った。「その人を助けた人です」そこで、イエスは言われた「行ってあなたも同じようにしなさい」

「隣人とは誰か」から「隣人になる」へ

律法の専門家の「私の隣人とは誰ですか」という問いは、隣人の範囲を確定しようという美濃だった。一方でイエスは「隣人になる」という、非常に異なる姿勢ほ提示している。ここまで隣人だという範囲を客観的に確定章とするのではなく、より主体的に、自分の方から誰かの隣人になっていくあり方を示している。静的な線引きから、動的な働きかけに、捉え方を変えていくことを示している。

またこの物語は旅人の物語で、追い剥ぎにあった人も、サマリア人もそうであり、その途上で彼らは出会っている。であるので隣人とは自分のいえの隣に住んでいるといった固定的な関係性にも限定されない。

旅をしつつふと出会った人が、たまたま自分の助けを求めている。そういう人の隣人になっていく、人生という旅を歩む中で、自分が目指す目的にかなら餓死も深く関わる人でなくても、ふと出会って助けを求めていたら隣人になっていく。物理的には私たちの身近にいても「風景」のようなものに過ぎない人々は実にたくさんいるが、「隣人」とは、我々が誰かに向かって心を開いて主体的に関わることによって初めて存在し始めるものだといっても良い。

この物語は、キリスト教的な在り方は何かと問われたとき、中心となる答えを象徴する物語となる。

放蕩息子のたとえ

イエス・キリストが説いた教えの二つ目として「放蕩息子のたとえ」がある。これもルカによる福音書からとなる。

「また、イエスは言われた。「ある人に息子が二人いた。弟の方が父親に「お父さん、私がいただくことになっている財産を分前をください」といった。それで、父親は財産を二人に分けてやった。何日もたたないうちに、下の息子は全部を金に換えて、遠い国に旅立ち、そこで放蕩のかぎりを尽くして、財産を無駄遣いしてしまった。何もかも使い果たしたとき、その地方にひどい飢饉が起こって、彼は食べるものにも困り始めた。それで、その地方に住むある人のところに身を寄せたところ、その人は彼を畑にやって豚の瀬穂をさせた。彼は豚の食べるイナゴ豆を食べてでも腹を満たしたかったが、食べ物をくれる人は誰もいなかった。

キリスト教のキーワードの一つに「罪」があるが、この話は罪とは何かを理解するさいの手かがりになる。

罪を意味するギリシア語は「ハマルティア」という言葉で、もとは「的外れ」を意味する。そんなところを目指しても満たされるはずはないのに、どうしてもそちらを目指してしまう。それが罪というものとなる。前述の息子の行動もまさに罪で、そのために彼は行き詰まってしまう。そこで話は次のように続く。

「そして、生前分与を受けた息子は遠い国に旅立ち、そこで放蕩に身を持ちくずして財産を使い果した。大飢饉が起きて、その放蕩息子はユダヤ人が汚れているとしている豚の世話の仕事をして生計を立てる。豚のえささえも食べたいと思うくらいに飢えに苦しんだ。

父のところには食物のあり余っている雇人が大ぜいいるのに、わたしはここで飢えて死のうとしている。彼は我に帰った。帰るべきところは父のところだと思い立ち帰途に着く。彼は父に向かって言おうと心に決めていた。「お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません。雇い人のひとりにしてください。」と。ところが、父は帰ってきた息子を見ると、走りよってだきよせる。息子の悔い改めに先行して父の赦しがあった。

父親は、帰ってきた息子に一番良い服を着せ、足に履物を履かせ、盛大な祝宴を開いた。それを見た兄は父親に不満をぶつけ、放蕩のかぎりを尽くして財産を無駄にした弟を軽蔑する。しかし、父親は兄をたしなめて言った。「子よ、お前はいつもわたしと一緒にいる。わたしのものは全部お前のものだ。だが、お前のあの弟は死んでいたのに生き返った。いなくなっていたのに見つかったのだ。祝宴を開いて楽しみ喜ぶのは当たり前ではないか。」

放蕩息子は我にかえり、父の元に立ち戻るという行為につながっていく、そこでビクビクしながら変えると、父親はまだ遠く離れているところにいた息子を見つけ、息子に走り寄り、明確な許しの姿勢を示し、息子は、自分が真に安住できる場所は父親のもとであったと気づく。

この父親は単なる父ではなく、たとえ話として「父なる神」のことを語っており、ここで表現されている憐れみは、ギリシア語の「はらわた」(スプランクノン)に由来する動詞(スプランクゾニマイ)が使われていて、これには「はらわたが揺り動かされるほど心が揺さぶられる」という意味があり、聖書の憐れに思うは、人間の全体が相手の苦境に突き動かされて、それをなんとかしたいと思う、神の愛とはそのようなものだという意味が含まれている。

まず神が(ここでは父が)憐れむ。そのことによって、愛を受けたものの心が揺り動かされる。このモタのかダリは、神の側から無償に発露される愛と、それを受けた人が揺り動かされ、変容していく物語となる。

「わたしである」-イエスの答えの二重の意味

続いて「イエス・キリストについての教え」について述べる。ここでは、「ヨハネによる福音書」第18章について述べる。「ヨハネによる福音書」は他の福音書に比べてイエスの神秘的な性格を強調する傾向のある福音書となる。

イエスが弟子たちといたところに、裏切り者のユダがやってきた。

さてユダは、一隊の兵卒と祭司長やパリサイ人たちの送った下役どもを引き連れ、たいまつやあかりや武器を持って、そこへやってきた。しかしイエスは、自分の身に起ろうとすることをことごとく承知しておられ、進み出て彼らに言われた、「だれを捜しているのか」。彼らは「ナザレのイエスを」と答えた。イエスは彼らに言われた、「わたしが、それである」。イエスを裏切ったユダも、彼らと一緒に立っていた。イエスが彼らに「わたしが、それである」と言われたとき、彼らはうしろに引きさがって地に倒れた。そこでまた彼らに、「だれを捜しているのか」とお尋ねになると、彼らは「ナザレのイエスを」と言った。イエスは答えられた、「わたしがそれであると、言ったではないか。わたしを捜しているのなら、この人たちを去らせてもらいたい」。」

ここでの「わたしである」は、ギリシア語で言うと「エゴー・エイミ」となる。「エゴー」かが「私」で「エイミ」はbe動詞。英語にすると「I am」となる。「I am」は日本語だと「私である」または「わたしはある」と訳し分ける必要があるが、インド・ヨーロッパ系の言語では両方を意味する。

なので、上述のイエスの答えには二重の意味があり、あなた方が探しているのは「わたしである」という意味と「わたしはある」という意味の両方が含まれている。

この「わたしはある」はキリスト教で重要な意味を持ち、旧約聖書で神がモーセに現れて、モーセが「なんという名前の神が私に現れたと人々に告げ知らせればいいですか」と聞いたとき、神は「わたしはある。わたしはあるという者だ」と答えた。つまり、この「わたしはある」は神の名前となる。よって人々が倒れたのは、イエスが私は神秘的な存在であるということを決定的な言葉で開示したからとなる。同時に、自分は「出エジプト記」以来語られてきた神の名を語る者だ、ということを宣言した。その迫力に打たれて人々は倒れてしまった。

動的な神の在りよう

「出エジプト記」で神が語った「わたしはある」とは 、非常に奇妙な名前となる。これに対する一つの会社はは「現にいる、生きて働く者として共にいる神」というものになる。もう一つはみの「わたしはある」しより動的な神の在り方を提示しているとも解釈できる。「わたしはある、私はあるという者だ」のヘブライ語は、英語に直訳すると「I will be that I will be」という形となり、日本語で言えば「私はあるであろうもので私はあるであろう」となり「現在形」ではなく「未完了形」となる。

これは非常にダイナミックで、いわば「脱自的」な神の在り方を表している。「脱自的」とは、神が自らの既存の在り方を新たに超え出ていくような在り方をしているという意味となる。神は人間が捕らえた在り方を常に超えて、新たに開示してくれる。そのような動的な神の在りようが、この名前には示されている。これは”人工無能が語る禅とブッダボット“でも述べた禅の十牛図の考え方と似ている概念となる。

「エマオへの途上」共に歩むイエス

「イエス・マリスとについての教え」でもう一つ重要なのが「ルカによる福音書」にある「エマオへの途上」でイエスの復活のエピソードとなる。

イエスが十字架上で亡くなった直後のこと、イエスの二人の弟子が、エルサレムからエマオという村に向かって歩きながら、イエスについて様々なことを話し合っている。

ところで、ちょうどこの日、弟子たちのうちの二人が、エルサレムから六十スタディオン余り離れた、エマオという村に向かっていた。彼らは、これらの出来事すべてについて話し合っていた。話し合ったり論じ合ったりしているところに、イエスご自身が近づいて来て、彼らとともに歩き始められた。しかし、二人の目はさえぎられていて、イエスであることが分からなかった。イエスは彼らに言われた。イエスは「歩きながら語り合っているその話は何のことですか」と言われた。すると、二 人は暗い顔をして立ち止まった。そして、その一人、クレオパという人がイエスに答えた。「エルサレムに滞在していながら、近ごろそこで起こったことを、あなただけがご存じないのですか」イエスが「どんなことですか」と言われると、二人は答えた「ナザレ人イエス様のことです。この方は、神と民全体の前で、行いにもことばにも力のある預言者でした。それなのに、私たちの祭司長たちや議員たちは、この方を死刑にするために引き渡して、十字架につけてしまいました。私たちは、この方こそイスラエルを解放する方だ、と望みをかけ ていました。しかもそのことがあってから三日目になります」

ここで二人は、イエスこそが旧約聖書で予言されている、異教徒からユダヤ人を解放してくれるメシアだと信じていたが、思いがけず十字架につけられて殺されてしまったため、その希も途絶えたといっている。

しかし二人は、イエスの墓が空っぽだったと聞いて、何が起こったかわからず、狐に包まれたような状態にあると続けて述べている。

「そこでイエスは「ああ、愚かな者たち。心が鈍くて、預言者たちの言ったこと すべてを信じられない者たち。キリストは必ずそのような苦しみを受け、それから、その栄光に 入るはずだったのではありませんか」と言われ、そして、モーセとすべての預言者から始めて、聖書全体にわたり、ご自分について書かれていることを説明された」

イエスは、実は旧約聖書の前提において、自分のことが様々な形でちりばめられながら語られていると言っている。そこでは救世主というものは光り輝く力強い存在ではなく、人々の罪を背負って苦しみを受ける存在として語られている。

この後、夕方になり一行は泊まる為の家に入り、食事の関についたときに「イエスはパンを取り、讃美の祈りを唱え、パンを裂いてお渡しになった」とある。このパンを裂くというのは、象徴的な行為となる。これはレオナルドダヴィンチの絵でも有名な最後の晩餐でイエスが弟子たちと食事をしたとき、パンを裂いて弟子たちにお渡しになったという出来事と重なる。

パンを裂いて渡した時に、「すると、二人の目が開け、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった」とある。ここでイエスはいなくなったとは言われていず、見えなくなったが、イエスは常に共にいてくださるということに弟子は気づいたと解釈できる。

ここで、キリストの復活とはキリストが単なる南限ではなく神的な存在であることが決定的に明らかになった出来事-神的な存在として今とも弟子たちと共に人生を歩んでくれる方だということが弟子たちにあらわになった出来事-として理解されている。

これは、遊女や徴税人と行った人も含め、多様な人々喜び苦しみを共にし、それがもとで逮捕され、十字架にかけられたイエス生涯は失敗ではなく、それでよかったのだと最後に神に肯定されたということも意味している。

次回は「アウグスティヌス」告白について述べる。

コメント

  1. […] NHK学びの基本「キリスト教の核心を読む」より。前回は新約聖書について述べた。今回は「アウグスティヌス」告白について述べる。 […]

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