感情認識と仏教哲学とAIについて

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感情認識の歴史

梅田聡「感情」イントロダクションより。

「感情」は、我々人間にとって、個人の生存レベルにおいても、他者とのコミュニケーションを要する
社会生活においても、極めて重要な役割を持つ心の側面となる。その重要性は人間にとどまらず、
多くの動物においても同様である。・・・
感情研究のメインストリームという意味で、まず取り上げなければならない分野は、哲学及び心理学
である。歴史的に見ても、心の哲学に関する主要な論考では、古くから感情の問題が正面から取り
上げられている。

これはたとえば、”特別講義「ソクラテスの弁明」より「哲学の目的」“でも述べているようにプラトンやアリストテレスの古代ギリシャの哲学から始まり、デカルトによる「心身二元論」スピノザによる「エチカ」アダム・スミスによる「道徳感情論」など感情の問題について深く考察されている。

心理学研究の歴史を見ると、やはり多くの研究が感情を「心」の重要な一側面として取り上げてきた
ことがわかる。どこをルーツとして考えるかは、いくつかの考え方があが、ウィリアム・ジェームスは、
その筆頭格であることは疑いがない。ジェームス以前には進化学者のダーウィンが「人及び動物の
表情について」という本を1972年に出版しており、ジェームスはこの本に感化されたことは疑いようが
ない。・・心理学的なアプローチによる感情の研究が、当初から生物学や進化学の影響を受けていた
ことは間違いなく、・・研究対象として「感情」を取り上げる際に、「進化」という視点は欠かせない。
他の心の側面と比べても、感情は進化の影響が特に強い側面を持つ・・・

そのような中で出版されたジェームスによる「心理学原理(The Principles of Psychology)」は、1980年に出版された、全二八章に及ぶ大著であり、心の様々な側面に関して、網羅的かつ独創的なスコープを示したものが特徴となる。

この著書の後半部分で「感情」が一つの章として取り上げられており、ダーウィンをはじめとするそれ以前の研究をもとにしつつ、独特な切り口による感情理論が構築されている。そこでは、感情を取り上げる際に、行動として表出される反応に加え、感情の主観的な側面の解釈にも重点をおいている。

そして、「感情を感じる」ということについて、様々な事例をもとに思索が展開されており、この本の出版後に、学習、注意、思考、記憶、知覚、時間などの心理学における様々なテーマに関して、ジェームズの理論からヒントを得た実験が数多く行われるようになってきた。

心理学の歴史による大きなパラダイムシフトは、行動主義の台頭となる。行動主義は、1913年に
ワトソンによって提唱された考え方であり、それまでの心理学のように「内観に基づく意識」を対象
とするのではなく、「観察可能な行動」のみを対象とすべきであるという主張に基づいている。
すなわち、外部から提示される刺激(stimulus,S)に対して、どのような反応(response,R)が
観察されるかに焦点を当てる、いわば「S-R連合」の視点で行動を観察する重要性を説いたものと
なる。

このアプローチでは「目に見える情動反応」のみが研究対象となったため、パブロフの動物実験に見られるような恐怖による回避行動、恐怖の条件付け、他の個体に対する攻撃行動など、対象が限定され、「目に見えない主観的な感情」はその対象から除外されるという問題が生じていた。

「目に見える情動反応」だけを対象にすると、動物の場合は問題ないように思えるが、ヒトの場合、驚いてもいないのに驚いたふりをしたり、怒ってもいないのに怒っているありをすることができ、心の中の感情状態は正確には見えてこない。そのため、人の感情分析には、情動的な行動だけでなく、心の内側を科学的に調べる方法が必要だという見方が広がり始める。これが、その後に大きく普及する情報処理的観点を重視する”認知科学への招待. 読書メモ“でも述べている認知主義の台頭につながる。

さらに1960年台に入ると、シャクターとシンガーによる「感情の二要因説」、すなわち、感情の生起には、生体における変化の認織と、それに対する解釈となる認知という二つの要因が関与するという説が提案される。

同時期にアーノルドやラザルスによって感情に関連の深い「認知的評価理論」と呼ばれる理論、すなわち、刺激の関係性及び有益性(有害性)の認織(一次的評価)と、対処可能性の認織(二次的評価)という二段階の評価が含まれるという理論が提唱されている。

これらの感情理論は、生理学的実験のデータを積極的に採用しており、「生理心理学的アプローチ」と位置付けられ、1970年代の急速な認知主義の発展にも大きな影響を及ぼした。

1970年代以降は、認知主義的アプローチによる研究が中心となり、「目に見えない主観的な感情」を含む様々な感情に対する研究、例えばラッセルとバレットによって提案されたコア・アフェクト理論(快/不快の次元を「感情値」、緊張/緩和の次元を「覚醒度」として二次元で定義できる状態をコア・アフェクトとする、コア・アフェクトは無意識の心の状態をも定義している)や、ダマシオによる「ソマティック・マーカー仮説」(主観的感情についての脳と身体の相互作用を考えたもので、生体が情動を誘発する刺激を受けると、それが処理され、身体反応が生じ、それが脳に伝達されて、身体の変化が連続的にモニタされ。外界で起きている状況の認織と、そのときに生じている身体の変化の認織を同時にすることが、主観的感情体験であるとした)、また生理学者であるキャノンによる「キャノン=バード説」(情動の中枢は、内臓等の体内ではなく脳内活動にある)などが提唱されている。

キャノンとダマシオの論文は岩波図書「感情」内に詳しく述べられている。

感情認識と仏教哲学、AI技術との関連

<仏教との関連>

禅の思想と歴史、大乗仏教、道の思想、キリスト教“でも述べている禅や大乗仏教等の仏教は、感情や心の状態について深く考察し、その理解を提供する宗教・哲学体系とも言える。仏教の立場から見ると、感情は人間の苦しみや迷いの原因となり得るが、それらを理解し受け入れ、冷静に対処することが悟りへの道であるとされており、感情の管理と調和は、仏教の修行の一環となる。

仏教の基本的な教えの一つは、「生は苦である」という四諦(しでん)の教えとなる。これは、感情や欲望が生じることで、人々は苦しみを経験すると説かれているもので、そのような感情が原因で生じる苦しみから解放されるための方法として、悟りの道が提唱されている。

また、仏教では、欲望が感情の源であると考えおり、欲望が強くなることで、喜びや悲しみ、怒りなどさまざまな感情が生じ、仏教の修行は、欲望を超越し、感情に執着しない境地に達することを目指すものとなっている。さらに、仏教の一部の実践では、感情を観察し、受容することが重要視されている。そのような実践により、感情が生じたとしても、それに執着せず、冷静に受け入れることで、感情の影響を軽減し、心の平静を保つことが目指されている。

このような考え方は、前述の感情認識の見方でいうとシャクターとシンガーによる「感情の二要因説」での、感情の生起には認識の変化に対する解釈が影響を及ぼしているという考え方に共通するものであるし、アーノルドやラザルスによる「認知的評価理論」での刺激の関係性及び有益性(有害性)の認織(一次的評価)と、対処可能性の認織(二次的評価)という二段階の評価に近しい。

そのような解釈の方向性として、仏教の教えでは、慈悲と平和が重要な感情とされており、他者に対する慈悲深い心と平和な心が、修行者が追求する理想的な状態とされている。これは他者との調和を重視し、自己中心的な感情から離れることを意味し、禅宗で、瞑想を通じて心を静め、感情を超越することを追求している。

<AIとの関連>

チューリングテストとサールの反論と人工知能“でも述べているように、人間のように考えることができる機械をつくることが人工知能技術の目標であり、単純な計算しかできない機械と、知能との根本的な相違点は、”情報としての生命 – 目的と意味“でも述べている「目的」の導入となる。

意味とは何か(1)哲学入門“で述べているデイヴィッド・パピノーの考えた生き物の認知デザインの進化の単純なモデルである「モノトマータ」や「機会主義者(opportunisy)」は、前述のワトソンによる「目に見える情動反応」のみを対象としたモデルであると言える。それに対してニーズを持つもの(deeder)」のモデルは、条件分岐に解釈が導入されたものとも理解することができ、「感情の二要因説」や「認知的評価理論」とフィットする。

この二元論の一次部分の認識の変化や有益性(有害性)の認織(一次的評価)にあたるものが”人工知能技術を用いて感情を検出する方法について“で述べている感情コンテキスト抽出になる。

哲学、心理学、宗教と人工知能すべての理論は繋がっている。

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